2019.12.25
【FUN ART LOVERS】 Vol.4 さわぐち けいすけ
「何かを伝える人」になりたいわけじゃなく、
「何かを伝えたい人」のニーズに応えたくて。
ぜいたくな余白と、ミニマムな点と線。しぼり込まれた絵と言葉で淡々と描かれる、家庭や職場で胸をよぎる想い。特別なドラマが描かれているわけではないのに、心の奥で何かが確かに反応する。そんな漫画エッセイが多くの読者を惹きつけている、さわぐちけいすけさんが「FUN ART」する瞬間とは?
――さわぐちさんの漫画は非常にシンプルで、情報量も必要最小限。それなのに、パッと見ただけで共感できると言いますか、シチュエーションが手に取るように分かります。普段、どんな風に作品を創っていらっしゃるんですか?
さわぐちさん「創り方は毎回違うんです。始めと真ん中、終わりのセリフ3つを決めて描き始めることもあるし、終わりだけ決めて、そこに向かって描く場合もあります。
フィクションの場合は、わざと小さくネームを切って、手書きで下書きします。枠を小さくすると、本当に必要なセリフしか書き込めないからです」
――描き過ぎない、ということですね。
さわぐちさん「絵あるいは文章だけで説明できるなら、わざわざ漫画にする必要はありませんよね。
漫画は、絵の上手・下手じゃない。そう思い、1作目を描き始めるにあたって、2ページに最大2コマまでしか背景を描かないこと、人体のカタチをあえて崩すことを自分に課しました。絵を描いたことのない読者に、「自分でも描けそう」と思ってもらえるような絵で勝負したいなと。
大切にしているのは、絵と文章のバランスをどう取るか。ネームのことは、何をしていても、頭のどこかで常に考えています」
鉛筆とチラシの裏紙が、唯一の遊び道具でした。
――そのような「引き算」のコツって、どうしたら身につくのでしょうか?
さわぐちさん「僕の場合はやはり、たくさん書いてきたからでしょうかね。絵は、小さい頃からずっと描いてきました。両親が共働きで、おばあちゃんっ子だったのですが、その祖母が昔気質な厳しい人で。おもちゃは一切なく、遊び道具といえば、鉛筆とチラシの裏紙だけだったんです」
さわぐちさん「昔からファンタジーが大好きで。この秋、新作が出て話題になった小野不由美さんの『十二国記』シリーズは、中学生の頃から愛読してきました。伊坂幸太郎さん、東野圭吾さん、森博嗣さんのミステリーも好きです。趣味で読んだり書いたりしているのは、分かりづらくて「けっきょく何が言いたかったの?」というモヤモヤが残るような、読者を煙に巻くストーリーですね」
――ご自身の作品とは、まったく毛色が違うんですね。
さわぐちさん「漫画やエッセイは、もともとは苦手なジャンル。思い入れがなかったからこそ、怖いもの知らずで飛び込めたのだと思います」
――そもそも、漫画を描き始めたきっかけは?
さわぐちさん「20代半ば頃、オーストラリアに移り住んで、半年間はツアーガイドとしてめいっぱい働き、もう半年間は何も仕事をしないで、絵を描いたり、散歩したり、川でカニを採ったりして遊んでいたんですね。
その期間に描いてきたものを、帰国後「マンガボックス」という投稿サイトで発表し始めたところ、1ヶ月で500人以上の方々にフォローしてもらえたんです。その後、ツイッターでもフォロワーが増えていき、出版のお誘いを頂きました」
――最近は、作品の感想だけでなく、様々な人生相談も寄せられているのだとか。
さわぐちさん「はい。でも、自分は「こうした方がいいですよ」なんて答えられる立場にないですし。僕自身に何か信じているものがあって、それを伝えたいとか、導きたいとか、そういう意識は一切ありません」
――自分のメッセージを伝えるために漫画を描いているわけではない、と。
さわぐちさん「その通りです。僕にとって漫画を描くっていうのは、そんなに特別なことじゃなく、もっと日常的なことなんです。ほら、普段作る料理にも、テーマなんてないでしょう? 表現したいテーマは、僕の中に存在していない。想いが強すぎると、引き返せなくなるような気がするんです。自分の漫画で人を幸せにしたいとか、そういうのは好きじゃなくて、結果として何かを得て下さる方がいればラッキーかな、くらいに思っています」
――絵を描くこと、作品をつくることはなんだかハードルが高いイメージがありますが、本来は私たちも、3度の食事のように、気負わず作ったり味わったりすればいいのかもしれないですね。ところで、さわぐちさんの創作のヒントは、どこから得ているのですか?
さわぐちさん「本は常に読んでいます。気になった一節は、日々書き留めるようにして。歌詞から着想を得ることも多いです。あとは、舞台演劇も参考にしています。照明を効果的に使ったシーンの切り替え方など、積極的に取り入れたくなる表現技法が多いんです」
――なるほど。では、お仕事とは関係なく、気になっていることはありますか?
さわぐちさん「顕微鏡にハマっています。メダカとエビを飼っていて、顕微鏡で卵を観察しているのですが、生まれる瞬間が、どうしても撮れないんです。オリジナルのピアノ楽曲をつけて、タイムラプス動画(長時間の経過を早回しに撮影した映像)にしたいなと思っているんですが」
――そういえば、先ほどオーストラリアでカニを捕まえていたというお話もありました。生き物がお好きなんですね?
さわぐちさん「愛でているわけじゃなく、こういうときに、こういう動きするんだとか、できるだけ自然な状態を観察することに興味があるんです。人間の心も同じ。よく、感情の浮き沈みがなさそうに見られがちですが、ただ行動に移していないだけ。「どうしてこんな気持ちになるんだろう?」と、ひたすら観察するタイプなんです」
思いどおり描けなかった線こそが、
絵を引きたてる可能性も。
――お仕事ではペンタブレットで描かれていると伺いました。デジタルと手書きの違いについて、どう思いますか?
さわぐちさん「手書きの良さは、集中して描けることだと思います。紙にペンで書くときって、どうやら僕、息を止めているらしいんですよ。“ねえ、いま息止まってたよ!”って妻に指摘されて、初めて気づきました(笑)。気づかないうちに、没頭してしまっているんでしょうね。
デジタルは何回でもやり直しできるので、そこまで集中することはないように感じます。手書きだと、その時の心身の状態がダイレクトに反映されるのも感じますね」
――ABTも、ちょっとした筆圧の違いで印象ががらりと変わります。
さわぐちさん「ABTのような筆ペンは特に、瞬きも呼吸も止まるほど集中しちゃいますよね。 日常生活で、これほど集中できる瞬間って、そうそう無い。たとえ思い通りの線が描けなかったとしても、描き進めたら意外と良い絵になることもある。そこが面白いところではないでしょうか」
――さわぐちさんの作品は手描きのセリフも印象的です。とても達筆で、書道を習われていたのかと。
さわぐちさん「会社員時代、「30日で字が上手くなる!」みたいな本をコンビニで2冊買ったんです。本当に上手くなるのかやってみようということで、2冊で60日間スケジュール通りに、おにぎりを片手に休み時間、毎日練習しました。そしたら、本当に上手くなりました(笑)」
――それはすごい!
さわぐちさん「アートって、スポーツと同じで、基本的には技術を身につけないと楽しめないものだと思うんです。最初は線を引いたり、丸を描いたり、単調な練習の繰り返し。怠け者の自分にとっては、正直なところ9割以上が苦行です。
でも、コツコツ練習を重ねてイメージどおりできるようになると、すごく嬉しい。その喜びは、9割の苦行をいともたやすく吹き飛ばしてしまう。その瞬間の凝縮された喜びこそを「FUN ART」と呼ぶのではないでしょうか」
Profile
さわぐち けいすけ
1989年3月22日、岩手県生まれ。大学卒業後、3年間の会社員生活を経て、24歳で結婚を機に退職。東京やオーストラリアでアルバイトや絵を描くなどして数年間生活する中、気負いなく描き始めた漫画の投稿が、SNSで注目を集めるように。2017年、『妻は他人 だから夫婦は面白い』(KADOKAWA)で漫画家デビュー。4作目の書籍『僕たちはもう帰りたい』はNHK FMでラジオドラマ化も。最新刊は『妻は他人 変化の日々を夫婦で歩む』(2019年11月22日発売、KADOKAWA)。
https://twitter.com/tricolorebicol1
https://swgck.com/