2021.4.30
【FUN ART LOVERS】 Vol.13 刈谷仁美
“FUN ART”はアニメーターこそが 大事にすべき言葉かもしれません。
新進気鋭のアニメーター、刈谷仁美さんを世に出した作品といえば、NHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』(2019年)のオープニングアニメです。弱冠22歳で、ドラマの顔となるオープニングアニメの監督・原画・キャラクターデザインに抜擢。大役を見事にまっとうしました。繊細な色彩とやわらかなタッチ、懐かしさと正統派アニメーションの系譜を感じさせる刈谷さんの画風は、どこから生まれているのでしょうか。クリエイティブの原点やこだわりに迫ります。
――アニメーター歴2年で『なつぞら』の大役に抜擢された刈谷さん。そもそもなぜアニメーターになられたのですか?
刈谷仁美さん「直接的なきっかけは、高校生のころ金曜ロードショーで『魔女の宅急便』を見たことですね。あの独特の色調、味わいのある線、緻密に作り込まれた世界観に衝撃を受けて『こんなアニメが作りたい!』と、地元高知から、東京のアニメーションの専門学校に行くことに決めました」
――それまでは、アニメーションの世界へ入ることは考えていなかったのですか?
刈谷仁美さん「もともと絵を描くことが好きで、高校は普通高校の美術コースに通っていました。でも、将来絵に関わる仕事に就くなんて考えたことはありませんでした。
高校時代は、空想上のキャラクターを描いたり、水彩絵の具の混色にハマって、赤・青・黄の三色だけでさまざまな色を生み出して塗るということをやっていました。ただただ絵を描くことに没頭していたという感じですね」
――専門学校を経て、アニメーターになられて…。駆け出し時代はどんな風に過ごしていたのでしょう。アニメーターの方の生活事情は、いろいろと大変だと聞きます。
刈谷仁美さん「ご想像のとおり、大変でした(苦笑)。多くのアニメーターの収入は、基本的に1枚いくらとか、何か月間か制作会社に所属して作品を作っていくら、というフリーランス契約。とても不安定です。
一人暮らしの私はとても食べていけず、NPO法人アニメーター支援機構という団体の『アニメーター寮』に入って住居費を助けてもらっていました。その寮で出会った方に声をかけてもらい、ゲームのPV(プロモーションビデオ)を作ったり、原画を描いたりという日々でした」
――そこから『なつぞら』の大抜擢はどのような流れで?
刈谷仁美さん「杉並区の西荻窪に、かつてジブリスタジオで活躍されていた館野仁美さんが運営する『ササユリカフェ』というカフェがあるんです。私はよく、そのカフェに仕事を持ち込んで絵を描いていました。
館野さんは日本アニメ界の成熟を、現場で長年見てこられた方。朝の連続テレビ小説でアニメーターを主役にしたドラマを作ることになり、NHKの方が館野さんに相談をしにいったのだそうです。そこで館野さんが、まったくの無名の私を推してくださいました」
――すごいお話しですね!
刈谷仁美さん「『脚本を読んで刈谷さんを想像した 。オープニングアニメと劇中アニメ、やってみない?』というお声がけに、ただただびっくり。こんなチャンスもう一生ないと思って、前のめりでお引き受けしました」
手描きの線の「偶然性」を
デジタルでも大切にしたい
――いまやアニメーション制作の現場の多くがフルデジタル化しています。刈谷さんもデジタルで制作をされていますよね?
刈谷仁美さん「そうですね。液晶ペンタブレットで描いています。紙に近い感覚で描くことができますし、1台で作画から資料画像の検索、データの納品までできてしまうので便利なんです」
――効率化という点で、手放せないのですね。
刈谷仁美さん「でも、アナログの手ごたえは、何にも代えられないんですよ。紙に鉛筆で書いてるときが一番「ああ~私、いま、絵を描いてる!」という実感があります。その感覚を忘れないようにしたいと思っています」
――今回はABTやトンボの色鉛筆を使って、イラストやスケッチを描いてくださいました。
刈谷仁美さん「やっぱり紙に描くのは気分がいいですね。トンボの色鉛筆は愛用していて、微妙な色合いが揃っているところがすごく好きです。ABTも色数がすごい! 机の上に108色並べて、感動しました(笑)。アニメーターは基本的に、紙と鉛筆のみの、モノクロームの世界に生きています。原画や動画をやる人は着彩はしないので、たくさんの色を目の前にすると、興奮します」
――刈谷さんの絵は、デジタルでも紙に手描きしたようなやさしい質感があります。
刈谷仁美さん「紙に手で描きしいていきた 時期が圧倒的に長いので、どうしてもアナログっぽくなっちゃうんです。それだけでなく、あえてアナログ感を残すように気をつけている部分もあります」
――アナログ感を残すとは? どんなところに気をつけているのですか?
刈谷仁美さん「デジタルはいくらでも拡大ができ、どこまでもやり直しができてしまいます。これは、良い点でもあり、悪い点でもあると思います。だから、掘りすぎない、追いすぎない、ほどほどにおさめるというのを自分の中のルールとして決めています。例えば、拡大は50%以上しないとか、ざくざくっと下絵を書いたときに偶然生まれた線は手を入れすぎないとか」
――さじ加減が難しそうですね。
刈谷仁美さん「私はジブリっ子ですから(笑)。デジタルで作り込んだすばらしい作品もたくさんありますが、やはり、1つ1つ人の手で描かれた線や色を面白いと思うし、自分で作っていて楽しいです」
――『なつぞら』でも、ほっこりとした懐かしいタッチのアニメーションが話題になりました。昭和30~40年代、アニメ創成期のリアルな空気が伝わってくるようでした。
刈谷仁美さん「リアルタイムで知らない時代の世界観を出すのに、苦労しました。生まれるずっと前のアニメを参考にしたり、当時のクリエーターの方々の本を読み込みましたね」
――すべての台本に違うイラスト表紙を描いたことでも、話題になりました。
刈谷仁美さん「もともとイラストは1パターンのみでしたが、連作をやってみたくて…。私から『すべての表紙に違うイラストを描かせてください』とお願いしました。予算もスケジュールも厳しいよといわれましたが、それでも『やらせてください!』と。こちらの熱意を受け止めてくださって、本当にいい経験になりました」
刈谷仁美さんが監督・原画・キャラクターデザインを手掛けたNHK連続テレビ小説「なつぞら」オープニングのタイトルバック
ひとりでつくるアニメと、チームでつくるアニメ。
どちらもあって、どちらもいい。
――自治体の広報やCMなど、活動の幅がぐんぐん広がっておられます。これからやっていきたいことは何ですか?
刈谷仁美さん「アニメーターとしての軸をぶらさないようにしたいですね。いま、イラストやマンガなどいろいろな仕事をさせていただいて、刺激や発見はすごくあります。でも、それは、アニメーターの仕事にちゃんと還元したい。アニメーターとして技術的に追求しなければならないことが、まだまだたくさんあると感じているんです」
――ネット発の音楽の多くにアニメーションが付くなど、いまアニメーションは、見るのも作るのもどんどん身近になっています。時代の変化は激しいですね。
刈谷仁美さん「無料のアニメ制作ソフトが増えてきて、一人でアニメを作る人が増えました。便利なツールを使いこなす世代の人がどんどん表に出てくることは、アニメのすそ野が広がることにもなり、私はいいことだと思います」
――デジタルで絵を描いて、再生ボタンを押して、ムービーで書き出したらアニメ作品が1本できる。すごいことです。
刈谷仁美さん「アニメは原画マンが原画を描いて、動画マンが原画と原画をつなぐ部分を書いて、1枚1枚に色をつけて、カメラに撮って動画にして…と、とにかく大変な作業。デジタル化しても、根っこのところは変わっていません。私はこの『チームで作り上げていく』という点が、アニメの仕事で何より好きなところなんですよ」
――チームで作るのが好きなんですね!
刈谷仁美さん「いま関わっているアニメ作品は、1年くらいかかるそうです。コツコツ地道に、みんなと力を合わせていい作品をつくりあげていきたいですね」
――“FUN ART”という言葉から、どんなことをイメージしますか?
刈谷仁美さん「FUN ARTって、クリエイティブを楽しむということですよね。これはいままさに私自身に言い聞かせたい言葉です(苦笑)。
アニメーターは絵を描く職人なので、毎日ひたすら絵を描いていると、絵=作業になってしまいます。描くことを楽しむ、FUN ARTの精神は、私こそが忘れないように胸に刻んでおきたいです」
――絵を仕事ではなく趣味として楽しんでいる方々にも、メッセージをいただけますか?
刈谷仁美さん「絵が好き、だからつくりたいという気持ちを忘れないでほしいですね。 画力があるとか、ないとか、上手いとかそうでないとかは関係なくて、ただただ好きで描いている時間こそが、かけがえのないものだと思いますよ」
Profile
刈谷仁美
1996年生まれ、高知県出身。アニメ制作スタジオでキャリアをスタート。ゲームの作画監督を経て、2019年のNHK連続テレビ小説『なつぞら』で、オープニングアニメの監督・原画・キャラクターデザインほか、タイトル題字のデザイン・作中アニメの制作・台本の表紙イラストといった大役を担う。北九州市の移住促進PRプロジェクトのイラストレーションや、ハーゲンダッツ・アニメCMのキャラクターデザイン・原画・色彩設計など、多彩な創作活動を展開している。
Twitter:https://twitter.com/KRY_aia
Instagram:https://www.instagram.com/kry_aia
文/飯田 陽子
撮影/樋渡 創