2020.12.28
【FUN ART LOVERS】 Vol.11 菊池亜希子
上手い下手は関係ない。根気よく描ききることで、見える世界があります。
モデル、女優として活躍する菊池亜希子さん。自身の世界観が溢れるムック本の編集長や洋服のデザインなど、「もの作り」の活動も熱心ですが、なかでも街散策の様子を手描きの地図イラストとエッセイ、写真で構成する著書『みちくさ』は、彼女の代表作といってもいいかもしれません。そんな菊池さんの幼少時代から現在までの“描くこと”への思いを伺いました。
————菊池さんといえば、ほっこり温かい気分になるイラストをお描きになるイメージです。子どもの頃から、絵を描くことはお好きでしたか?
絵を描くことは保育園時代から大好きでした。そもそも、絵に興味を持ったのは、絵本を読むのが好きだったことが影響しているかもしれません。『からすのパンやさん』などで有名な絵本作家・かこさとし先生の絵本をはじめ、五味太郎さんなどの絵本がお気に入りで。公民館や図書館では、子どもながらに、自分のお気に入りのこれらの絵本がどこにあるかもしっかり把握していました。
母も絵を描くのが上手で、お手製カルタを作ってくれていましたね。どんぐりやあんころ餅など、私が好きなものをモチーフにして(笑)。こんな風に身近に絵を楽しむ機会がたくさんあったように思います。
小学生になると、NHKで放送されていた教育番組「たんけんぼくのまち」という番組にも影響をすごく受けました。主人公のチョーさんが街の様子を手描きのイラストでサラサラと描く姿に憧れて。私も社会科の授業で街の絵を描く際は、張り切って描いていましたね。ちなみに細かく描くのは当時からで、どんぐり拾いの絵を描くときもものすごく細かく、誰よりも時間をかけて描いていました。
絵を描くときも、取材をするときも、
じっくり時間をかけて丁寧に…
————代表作『みちくさ』の地図イラストは緻密で構成力が必要な印象を見受けますが、描くときは構成などにこだわっていますか? 他にも意識していることがあれば、教えてください。
実は隙間恐怖症なのか、隙あらば、描き込んじゃうんです(笑)。構図は最初に考えてはいませんね。描きたいものをどんどん描いていったら、最後はなんとかまとまっています。製図ペンを使って、同じテンションで描き続けると、最後はなぜだか、いい感じになるから、自分でも不思議! 製図ペンはたくさん試して、0.1の極細芯が細部まで描きやすくてベストという結論にたどり着きました。でも、製図ペン以外は新しい画材を積極的に試したり、探したりはあまりしていませんね。お気に入りのものを長年一途に愛用するタイプかな。
『みちくさ』シリーズは緻密な直筆イラストマップをメインに、写真&エッセイで綴る、菊池さんの大人気著書。2010年に第1弾、その後、2011年に第2弾、2015年に第3弾を出版し、未だに多くの人たちから支持を得ています。
『 みちくさ 2 』菊池亜希子著
2011年5月発売
1,320円(税込み)小学館刊
『みちくさ』の原画の多くは編集部で保管されているため、今回お持ちくださったこれらは菊池さんご自身が大切にされている貴重な数枚。細部まで丁寧に描かれ、思わず見入ってしまいます。
————ちなみに製図ペン以外には、どんな画材を使って描かれていますか?
クロッキー用紙に、まずはシャープペンで下書きをします。芯が柔らかいBがお約束。下書きを終えたら、もう7割できた感じ! 下書きは記憶を辿って描くので、結構時間がかかるし、集中力が必要で。そのあと、先ほどお話した製図ペンでトレースして、ようやく彩色作業へ。ここでようやく音楽をかけながら、楽しく作業ができます。
彩色は色鉛筆をメインにときどき、水彩の絵の具も使って。私が描くイラストって、中間色を使うことが多めなんです。でも、中間色の色鉛筆はあまりないので、中間色を表現するときは色を2、3色重ねて。私は決して、彩色が上手というわけではないと思うんですが、色鉛筆だと味が出ていい感じに仕上がってくれる気がしますね。
————『みちくさ』をはじめ、菊池さんの著書はイラストとエッセイから、登場する方々の人柄やお店のヒストリーなどがしっかり伝わってきます。きっと、綿密な取材をされているのだと思いますが、普段、どんな風に取材を行うのですか?
カメラマンさんと一緒にターゲットの街を1日かけて回って、撮影をしたり、自分の記憶に納めて……。イラスト化する喫茶店などはその場で製図を描いて、インテリアなどは資料用の写真を撮って。高校、大学と建築を学んでいたので、製図を描くのは得意です。もちろん、店主さんにお店のことを取材して、名物メニューをいただいたりすると、あっという間に半日経っていることも。
上京したときは、東京のポケット地図を買って、そこにいろんな情報を書き込んで、イラストを描くときの参考にしていましたね。私は地図を描くとき、縮尺性などの正確性よりも、思い入れのほうを重視しています。子どもが描く地図のイメージですね。裏道だけど、自分にとって大好きな道ならメイン通り扱いにしするし、本当は短い距離の道でも、自分にとって充実している道なら、長くしたり(笑)。
————菊池さんはいつもご自身の著書を、読者の皆さんにどう楽しんでもらいたいと考えていますか?
『みちくさ』でいうと、お節介なくらい、「ここ行ったら楽しいよー!」というような情報を詰め込んでいる感じです。実際にこの本を持って街歩きしている方を見かけたり、「自分でも地図の絵を描くようになりました!」という方に出会うことも。そんなときは本当に嬉しくなります。
街歩きって、よく歩くから、健康にすごくいい。私は子どもが大きくなったら、親子で一緒に街歩きして、子どもに地図を描いて欲いてもらうのが夢なんです。自分がおばあちゃんになったら、また一人で歩いて地図も描きたいとも思っています。最近はネットで地図を検索して、最短ルートで目的地へ行きがち。でも、自分でみちくさをしながら向かうと、「こんなところにパン屋さんがある!」とか、いろんな発見があって楽しいと思うんです。地元の友達も知らないお店を見つけると、よっしゃ!って嬉しくなる(笑)。私が上京したときはまだアナログな時代。スマホを持っていなかったので、実際に自分の足で歩いて、見て、発見するというのが当たり前でした。ある意味、楽しい時代だったと思います。
ダイレクトな感情を残すには
文字よりも“絵”が良い
————仕事以外では、今までどんな風に絵を描くことを楽しんできましたか? そして、ママとなった今はいかがですか?
以前は絵日記をつけていました。旅先にも小さなスケッチブックを持参し、街中やレストランでの出来事や印象に残っていることを絵に描いたりも。私の場合、ダイレクトな感情を残すには文字よりも、絵が良いんですよね。写真は撮って満足、でも手で絵を描いておくと、その時の気持ちを鮮明に思い出すことができます。たとえ、それが走り描きだとしても。
最近はもっぱら、子どもたちの成長の記録を絵にすることが増えましたね。文章も一緒に添えて。それから、上の子どもが保育園に行っているので、先生への連絡帳に絵を描くことも。先生から、「毎回楽しみにしています!」と言われると、結構嬉しくて。
————モデルや女優の仕事のほかに、今後はどんな活動をしていきたいですか?
下の子どもも保育園に行って、自分の時間ができたら、またイラストの連載もしたいと考えています。それから、今年の夏に「あったらいいな」と思うアイテムをデザインから製作、販売まで行う「jicca」というプロジェクトを始めたんですが、そちらをもっと育てていきたいですね。私が洋服などのデザインをしているんですが、これには自分の中にある“記憶の引き出し”がとても役立っていて。例えば、自分のおばあちゃんが着ていたブラウスの襟、何重にも重ね着してチラッと見えたドット柄のスカートの裾。海外で見たおじいさんのツイードの合わせ方、お気に入りの喫茶店のテーブルクロスの布の感じ、地方の電車の座面の素材や柄。色や柄だけでなく、手触りも思い出しては、「これいいかも!」と一人盛り上がっています。
デザイン画を描くのはママ業の隙間時間を利用して。上の子が保育園に行っていて、下の子がお昼寝したときにそっと寝室から抜け出して、黙々と描いています。子どもがご機嫌で遊んでいるときは、自分の作業机ではなく、隣で子ども用の小さい机で描いたりも(笑)。今は子どもの洋服をメインにデザインしていますが、今後は便箋やシールなどの文房具、カルタなどもデザインして作ってみたいと思っています。
————新しい画材を積極的に開拓するタイプではないとのことですが、今回、ABTを使ってみた感想をぜひ、教えてください。
既にお話した「jicca」で手がける洋服のデザイン画を描くのに、ABTが大活躍してくれました。108色と、カラーバリエーションがとにかく豊富! しかも、複数の色を重ねられるし、滲まない点もすごくいい! ブラッシュ芯はコーデュロイ感やとろみ感など、素材の雰囲気も表現しやすく、細芯はドットを描きやすいです。今回、ABTとの新しい出会いがあって嬉しいですね。
————筆之助の使い心地はいかがでしたか?
筆之助はいつもより何割か増しで、文字が上手く書ける気がします(笑)。達筆になるから、自分のテンションも上がりますね。夫のお母さんにお手紙を書くときなど、大切なシーンで活躍しそうです!
————最後に「絵を描いてみたいけど、絵心がない…」、「時間がなくて、なかなか挑戦できない」と思っている「FUN ART STUDIO」の読者さんたちに是非、メッセージをお願いします。
やるか、やらないかの二択です(笑)。やり始めたら、あとは「根気」。私は決して、絵を描くのが上手というわけではないけど、根気があったから、形になったんだと思います。上手くなくても、最後までやりきると、人に伝わる作品になると思うし、何か新しい世界が見えてくる気がします。そして、どんな絵でも完成したら、それなりのものになりますから。子どもの落書きを額装したら、おしゃれなアートになるのと同じです(笑)。だから、上手い下手にとらわれず、多少苦しくても、最後までやりきってほしいですね!
Profile
菊池亜希子
1982年、岐阜県生まれ。女優、モデル、『菊池亜希子ムック マッシュ』編集長。モデルとしてデビューし、その後、映画やドラマ、舞台などで、女優としても活躍。主な出演作に映画『ぐるりのこと。』『森崎書店の日々』『グッド・ストライプス』『海のふた』などがある。国内最大級のインディーズ映画配信サイト「DOKUSO映画館」で配信中の短編映画『豆大福ものがたり』も話題。著書は『菊池亜希子ムック マッシュ(VOL.1〜10)』(小学館)、『好きよ、喫茶店』(マガジンハウス)、『おなかのおと』(文藝春秋)、『へそまがり』(宝島社)など。
Instagram @kikuchiakiko_official @jicca___
撮影/黒澤俊宏
取材・文/濱田恵理