2020.1.31
【FUN ART LOVERS】 Vol.5 桂 由美
没頭できる趣味に出会えるのは幸せなこと。
表現することの楽しさと豊かさを、大切に。
ウェディングドレスといえば誰もがこの方のお名前を思い浮かべる、まぎれもない第一人者。2020年に活動55周年を迎える桂由美さん。ウェディング(婚礼)ではなく、ブライダル(花嫁のための)という言葉を世に送り出し、花嫁を主人公にする現代の婚礼シーンをリードしてきました。先駆者であり創造主でもある桂由美さんの、FUN ARTな生活に迫ります。
――ユミカツラのドレスを着て結婚式を挙げた花嫁=ユミブライドは、いまや世界で70万人を超えているといいます。とてつもない数字ですね。
桂由美さん「びっくりしますよね(笑)。1964年にブライダルデザイナーとして活動を始めたころは、結婚式にウェディングドレスを着る人はわずか3%しかいませんでした。婚礼衣装といえば和装の時代、日本にはレースもない、アクセサリーもない、参考書もない、ないないづくし。そもそもブライダルという言葉自体がなかったですからね」
――結婚式でウェディングドレスを着るという「文化」ごと創造されてきたわけですね。
桂由美さん「まずは社会の価値観を変えるところからのスタートでした。ところが、1990年ごろから急速に着物離れが始まって、今ではウェディングドレスで式を挙げるのが当たり前になるという逆転現象が起きてしまいました。このことを私は、ウェディングドレスデザイナーでありながら悲しく感じました。私のデザインポリシーは、日本人であることに誇りを持ち、日本の文化や伝統を大切にする、ということですから」
――パリ・オートクチュールコレクションで20年以上にわたって和紙や墨絵、友禅など日本の伝統美を発信し続けているのも、そんな想いがあるからなのでしょうか。
桂由美さん「そうですね。私の作品は日本の伝統美と西洋のドレスを融合させたデザインです。腰から膝をエレガントに絞り、膝からトレーンへと流れるように広がる「ユミライン」は、1981年にアメリカのコレクションで発表して以来すっかり定着しましたが、これは着物のお引きずりからインスパイアされたものです」
――近年では、新和装も提案されています。
桂由美さん「着物は憧れだけど、重い、結髪に時間がかかるというマイナスイメージがあるでしょう? そこで軽い着物の考案に取り組みました。オーガンジーなどのドレス素材を使って、通常5㎏あったものを300gにまで軽減して。裾はドレスのトレーンを応用して、洋髪でも着られるオーガンジー打掛を考案しました」
挑戦し続けるため、
新しいものに常にアンテナを研ぎ澄ます。
――ドレスづくりにはどんなところからインスピレーションを得ているのでしょうか。
桂由美さん「最新の流行をつかむために、西欧やアジアのコレクション動画も一応は見ます。でも結婚式って、やはりその土地、その地域、その文化で育まれるものですから、世界の流れというのは本当に参考程度。それよりもニュースや新聞からヒントを得ることのほうが多いですね」
――新聞…ですか?
桂由美さん「もう10年くらい前になるかしら。筑波の大学で“光る蚕(カイコ)”の研究が進んでいるという記事を読み、居てもたってもいられなくなってすぐに研究者に自分で電話しちゃいました(笑)。このときに連絡を取ったことがきっかけになって、光る蚕の繭(まゆ)からとった光るシルクのドレスを発表。暗いところで青色LEDやブラックライトを当てると、蛍光色に光る幻想的なドレスなのよ」
――発想もさることながら、行動力がすごいですね!
桂由美さん「ロボットが出始めの頃には、真っ先にロボットにウェディングドレスを着せました。これは世界で初めてだったんじゃないかしら。また、日本はシルクの国ですが、やはりシルクは重いので結婚式で動き回るのが大変なのね。そこで、軽量シルクの開発を業界団体へ投げかけてみました。すると3年かけて開発してくださった企業がいらしたんです。その軽量シルクを使ってドレスを仕上げて発表して…。そちらの企業は、のちに総理大臣賞を獲られました」
――和と洋のミックスにとどまらず、業界を超えた取り組みに次々と挑戦されているのですね。
桂由美さん「文化を創るには、インパクトが大切です。かつてブライダルという言葉を広めたときも、”ブライダルって何だろう?”とマスコミの関心を引いたことが大々的なPRになりました」
――これまでつくってきたドレスで、最も思い出があるものは?
桂由美さん「皆さまに着ていただいているすべてのドレスに愛着がありますが、強い印象として残っているのは、真珠のドレスですね。日本の宝石といえば、真珠というイメージをずっと私は持っていました。あのつつましやかな光沢が、日本らしいなと思っていました。そこで、ミキモトさんにご相談をして、真珠を13,262個刺繍したドレスをつくりました」
――真珠を13,262個も!
桂由美さん「世界最多の真珠を付けたウェディングドレスとして、2012年にギネスにも登録されました。真珠は、日本近海に生息するアコヤガイから採れるアコヤ真珠にこだわって、バラと唐草の美しいギピュールレースを使ってね。ドレスの価格は3,500万円。ユミカツラとミキモトさんの共有財産です」
「色」が持つ意味。
――FUN ART STUDIOで紹介している水性マーカー「ABT」は、108色という色数の豊富さも特徴です。先生は普段ウェディングドレスで白一色の世界を創造しておられますが、「色」をどのように捉えていらっしゃいますか?
桂由美さん「まず、白は出発の色ですね。どんな色にも染まるからこそ、結婚式という人生の新たな旅立ちのときに、白のドレスを着るのです。今年2020年は55周年という節目の年なのですが、2月のコレクションのテーマは”ブリリアント・ホワイト・デビュー”としました。結婚式だけでなく、さまざまな人生の節目に「白」を着ようという提案です。誕生、七五三、成人式、結婚式、起業、アニバーサリーウェディング…と、人生のさまざまな門出のシーンを、白い服、白いドレスで彩ります」
――一方で、カラードレスや着物も多くつくられています。独特の色彩は「ユミカツラのカラーマジック」と称され、世界も注目していますね。
桂由美さん 「日本には古くからお色直しの文化があります。白無垢のあと色打掛に変えて婚家の色に染まるといういわれがありますが、これは欧米にはない日本独特の風習です。ですから、私も色にはこだわりがありましてね。カラードレスも、透けるオーガンジーで色をいくつも重ねて、奥行きを出すわけです。そうすると、花嫁が動くたびにさまざまな表情が生まれます」
――今回もABTを使って、たくさんの色を重ねてくださいました。
桂由美さん「こんなに色数があって、わぁすごいって驚きましたよ。赤でも、青でも、微妙なニュアンスの色が何色もあるのね。描き始めたら思いのほか集中しちゃいました。色をいくつも重ねて、かすかな表情を出したりしてね。面白かったですよ」
365日24時間、仕事に夢中。
アートを楽しむという豊かな生活に憧れます。
――先生はお仕事柄、鉛筆やペンでスケッチをなさると思うのですが、お仕事を離れたプライベートな時間にも「描く」ことはあるのでしょうか?
桂由美さん「(しばし考えて)そもそも、プライベートな時間…というものが、私にはないかもしれませんね。朝起きてから眠るまで、いや、眠っている間も、ずっと仕事をしているといいますか、生きていることすべてが、ブライダルにつながっています」
――生きていることすべてが。
桂由美さん「もちろん、毎年200着ほど新作を出しますので、スケッチはこんなに(30㎝ほどの高さ)描きますよ。でもね、それはファッションの仕事においてはごく一部のこと。信頼するスタッフたちへイメージを伝えるツールであり、デザインやアイディアの核となるポイントを示すものであり…」
――デザイナーとしてのお仕事以外にも、経営者としての業務などお忙しそうですね。どのように日々過ごしておられるのですか?
桂由美さん「私の仕事というのは、机に座って創作をしているだけではないんですよね。例えば、文化事業。『アジアブライダルサミット』という、結婚式と婚礼衣装を通じてアジア各国の伝統文化や伝統衣装を残すための活動を16年前からやっていたり、全国の観光地域の中からプロポーズにふさわしいスポットを『恋人の聖地』として選ぶプロジェクトやっていたり…。2011年からは、市民参加型の『ふるさとウェディング』も提唱し振興しています」
――ブライダルを多方面から改革し、活性化し続けているのですね。
桂由美さん「これらの活動が、デザイナーや経営者という日々の仕事の合間にぎっしり入っていますから、プライベートな時間というものが皆無なのです。過去に、山野愛子ジェーンさんに誘われてダイビングをやって、そのときの海の色に魅せられて一時期ダイビングにはまったのが、唯一の趣味といえるかしら…。でも結局、その年のコレクションで海を題材にしたりしてね (笑)。とことん仕事ですよ。
ですから、趣味というものを持てることが本当にうらやましくて」
――先生の口から「うらやましい」という言葉を聞くなんて!
桂由美さん「このサイトを見ていらっしゃる方は、ABTを使ってさまざまなアートを楽しんでおられるのでしょう?
趣味としてアートを楽しむなんてとても豊かな生活ですし、打ち込める趣味、没頭できる何かに出会えるというのは素敵なことだと思います。ぜひその豊かさをかみしめて、大切にしてくださいね」
Profile
桂由美(かつらゆみ)
東京生まれ。共立女子大学卒業後、フランスへ留学。1964年、日本初のブライダルファッションデザイナーとして活動開始。世界20 カ国以上でショーを行うなど、ブライダルの伝道師とも呼ばれる。93 年、外務大臣表彰、96 年、中国「 新時代婚礼服飾文化賞」、2019年、「令和元年度文化庁長官表彰」など、受賞歴多数。99 年、東洋人初のイタリアファッション協会正会員。2003年からは毎年パリでコレクションを発表し、ますます国内外の注目が高まっている。2019年12月には英語版のE-Book「Yumi Katsura: Behind the Scenes 」も発売。全世界に向けて、初の全編英語で、情熱的なデザイナー人生がつづられている。
株式会社ユミカツラインターナショナル 社長、株式会社桂由美ウエディングシステム社長、一般社団法人全日本ブライダル協会会長、アジアブライダル協会連合会会長。