モデルとしてファッション誌や広告で活躍しながら、バラエティ番組では水彩画・色鉛筆画でも評価され、最近はアパレルやコスメの企画、アートコラボにも取り組む辻元 舞さん。
その足跡をたどると、いつも真ん中には「表現」があります。
表現することを大切に積み重ねてきた彼女にとって、アートはどんな存在なのか。今回は、辻元さんの人生とともにアップデートされ続けてきた表現のあり方と、アートとの向き合い方をたどります。
最初の表現は「コピーする」ダンスだった
——辻元さんはモデル、クリエイティブディレクション、アート方面と、幅広く活動されていますよね。
そうですね。アートの活動もしていますが、いまはどちらかというと芸能の枠に含まれている感覚で動いています。もともとものをつくることが好きで、アパレルブランドやコスメを企画したり、最近は絵のコラボのお仕事もいただくようになりました。表現の幅が少しずつ広がっている感じです。
——多彩な活動をされていますが、その“根っこ”にあるものは何でしょうか。表現の原体験について教えてください。
いちばん最初の原点はダンスです。小学校4年生のときに習い始めて、高校卒業まで続けていたので、だいたい8年間ですね。 当時は、振り付けを“コピーする”スタイルのダンスでした。学生時代はそこに感情があったわけでは特になくて、何か表現したい、伝えたいみたいな感じではなかったんですよ。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが教えてくれた、表現することの意味
——高校卒業まで続けたダンスですが、その後はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、USJ)に入られたのですよね。どのようなきっかけだったのでしょう。
18歳のときにオーディションを受けて、USJのダンサーとしてパークに入りました。そこで初めて、「ダンスは人前で感情を伝える表現なのだ」と実感したんです。どれだけ完璧に、かっこよく、上手に踊っても、それだけでは見ている側に「届かない」瞬間があるんですよね。こちらが感情を込めて踊ることで、はじめて受け手の心に残る。表現の仕方ひとつで、見る人の受け取り方が大きく変わる、ということをUSJで教えてもらいました。だから今は、表現するときに「これを見た人はどう感じるかな」「どんな気持ちが動くんだろう」と、相手のことを自然と考えるようになったんです。

——そこから芸能の世界へ踏み出されたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
USJで踊っていたときに、偶然、私のパフォーマンスが目にとまったようで、知人を介して今の事務所の方が連絡をくださったことがきっかけです。
——次のステージとして、モデルや芸能の世界を選ばれた背景には、どのような思いがあったのでしょう。
4年間USJで踊ってきて、「この先はどんな表現に挑戦しようか」と考え始めていた時期だったんです。同時に、「これまで積み重ねてきた経験を、次はどう活かせるんだろう?」という想いもあって。少し違う角度から「表現」に向き合ってみたい、新しい場にも飛び込んでみたい。その延長線上に、モデルや芸能の世界が見えてきたんだと思います。「よし、一歩踏み出してみよう」と決めて、USJを卒業しました。
保育園から始まっていた「描くこと」
——バラエティ番組で絵の才能を発揮されていますが、実は独学だとうかがいました。いつ頃から絵を描き始めたのですか
もともと習っていたわけではないので、自然と描き続けていた感じなんです。保育園のときに先生に「頭・体・足をちゃんと分けて描ける子って、なかなかいないんですよ」とすごく褒めてもらえたことを、今でもよく覚えています。「あ、私って絵が得意なんだ。人より上手に描けるんだ」と、はじめて自覚した瞬間でした。
——小学校でも絵画コンクールで賞を取っていたりしたそうですね。
そうですね。そこから絵を描くことがどんどん好きになっていって、いつもイラストを描いていました。小学生のときは、学校から絵画を出品していただいて賞をいただいたこともあって、描くことが日常の一部になっていきました。

——学生時代から、ずっと絵は身近にある存在だったんですね。得意だと感じるモチーフはありますか?
いちばんしっくりくるのは風景画です。人物や人工的な建物は今でも難しいなと思うことが多くて、自然の風景や、色がゆるやかに変わっていくグラデーションに心が動くんですよね。
「もしダンスの道に進んでいなかったら、絵の道を選んでいたかもしれない」と今でも思うくらい、昔からずっとそばにある存在でした。
——道具の使い方や描き方は、どのように学ばれたのでしょう?
ペンや色鉛筆はずっと使ってきたので慣れているんですけど、水彩画は番組で「初挑戦します」となったときに「何を揃えればいいんだろう?」という状態で(笑)。だから YouTube で水彩画の入門編を見たり、筆の使い方を調べたりしました。
最近は油絵にすごく興味があって……まだ本格的には踏み込めていませんが、油絵の描き方の動画を見たりして、少しずつ触れているところです。
忙しい日常のなかで 絵がくれる“無心の時間”
——お子さんとの日常から受け取るインスピレーションも多いと伺いました。
そうなんです。例えば、エレベーターの「閉(▷|◁)」ボタンを見て「チョウチョ」と言ったり、長男が自画像で足を10本描いたりして。「どうして?」と聞いたら、「僕は足がすごく速いから」って。子どもたちの発想は本当に自由で、その視点にいつもハッとさせられます。
——そんな日々のなかで、「描く意味」は昔と今で変化してきたのでしょうか。
大きく変わりました。子どもの頃は、上手に描いて褒められたい、誰かに喜んでもらいたい、という気持ちが強かったです。いわば“誰かのため”の絵でした。でも今は、完全に“自分のため”。自分の心を整えるための「浄化」や「癒し」に近くて、描きたいから描く、という感覚なんです。

——自分の心を整える、というのはどんな感覚なのでしょう。
子育てや仕事でずっと頭が動いているからこそ、絵を描く時間だけは写経のように心が澄んでいきます。色と線だけに集中して、何も考えなくていい。わずか1時間でも向き合えると、気持ちがすっと軽くなるんです。ざわつきが静まって、自分らしさを取り戻せるというか。
——まさに“アートの時間=自分らしさを取り戻す時間”なのですね。
本当にそう思います。日常の延長にある小さなひとときなんですけど、その時間があるだけで心のバランスが整うというか……今の私にとって、いちばん贅沢な時間かもしれません。
何を描くかより、どんな色で描きたいか
——“何を描くか”は、どんなふうに決めているのでしょうか。
最近は、描く前にテーマを決めすぎないようにしています。
まずは好きな色を手に取って、自由に塗るところから始めるんです。同じ黄色でも、何色も重ねたり、微妙に色味を変えてみたり。色をたくさん使うのが好きなんですよね。だから「この絵のテーマは?」「どんな意味が?」と聞かれても、特に何も考えていないことが多くて(笑)。描き上がったあとに眺めながら、「これは夕日かもしれない」「風景に見えるな」と感じることがほとんどです。

▲数年前に描かれた作品。当時の「いま好きな色」が映し出されている。
——絵は、自宅で描かれることが多いのでしょうか。
今年からスペースを借りて作業をするようにしました。それまでは家の一室で描いていたんですが、洗濯機の音が聞こえたり、子どもに呼ばれたり、どうしても集中が途切れてしまって。アートだけに向き合える場所をつくることにしました。
——“辻元さんらしい絵は?”と聞かれる機会も多いと思いますが、今のご自身ではどう捉えていますか。
そこは少し悩ましいところで……「これが私のスタイルです」と断言できるテイストが、まだ定まっていないんです。
水彩にハマっていた時期もあれば、油絵で描くこともあるし、マーカーが楽しい時期もある。線だけで構成する「ゼンタングルアート」に夢中になっていたこともあって、そのときどきで自分のブームが変わっていきます。

——画材もいろいろ使われていますが、最近はどんな画材に惹かれていますか。
最近はアクリル絵の具をよく使っています。というのも、水彩は長期保存にあまり向かなくて。将来個展を開いたり、誰かのお家に飾っていただくことを考えると、どうしても繊細すぎるところがあって。長く見てもらえる作品にしたいと思うと、アクリルで描きたいなという気持ちが強くなってきました。今はその勉強中、という感じですね。
——辻元さんの作品には「あたたかさ」や「やさしさ」を感じる方が多いと思います。描くときに意識していることはありますか。
絵を通して、ほっとした気持ちになってほしい、癒されてほしい──その想いは常にあります。見る人の心をざわつかせたいというより、「あ、ちょっと落ち着くな」「やさしい気持ちになれるな」と感じてもらえたら嬉しいですね。
色鉛筆の色を幾度も重ねて 生まれた一枚
——今の辻元さんにとって「FUN ART(=アートを楽しむこと)」とはなんでしょうか。
自分自身と対話する時間です。そのとき自分がどんな色に惹かれているのか、どんな感情を抱えているのかを、絵を通して確かめている感覚があります。出来上がった絵を見返すと、「この頃は穏やかだったんだな」「この作品は少し尖っているな」と、自分の状態がそのまま残っていることが多いですね。筆圧が強くなっていると、「このとき夫婦喧嘩していたな」とすぐ思い出せるくらい(笑)。

——デジタルではなく手描きにこだわる理由も、そこにつながっているのでしょうか。
そうですね、重ねた色が思いがけないグラデーションになったり、質感がふっと変わったり……毎回違う発見があってワクワクします。仕上がった絵を見れば、そのときの自分の気持ちがそのまま残っていて、あとから見返しても「あの瞬間の自分」に戻れるんです。
——今回、審査員として参加いただいた色鉛筆画投稿キャンペーン「#オレンジ色の思い出」では、夕日を描いていただきました。作品について教えてください。
今回のテーマが「#オレンジ色の思い出」だったので、家族で訪れたハワイで見た夕日を思い浮かべながら描きました。海も空も建物も、すべてがオレンジに染まっていて……あの光景は、特に鮮明に覚えているんです。


——景色がそのまま絵に息づいていますよね。その場の光や空気まで感じられるような臨場感があります。
写真を見て描いた、というよりは、景色を思い出しながら描きました。まるでまたあの場所に立ってデッサンしているような感覚で、記憶のなかの光や色をたどるように重ねています。この絵を見て、少しでも心が和らぐ瞬間があれば嬉しいですね。
——実際にトンボの色鉛筆(色辞典)を使ってみて、いかがでしたか。
「色辞典」は色のバリエーションが本当に豊富だなって感じました。「この色が欲しい」と思ったときに、ぴったりの1本がすぐ見つかるんです。特に夕日を描くときは、蛍光色がすごく良い仕事をしてくれて。光の強さとか、反射の感じまで出せるんですよね。ヤシの木の影に使ったブラウンも、真っ黒ではなく柔らかな深みがあって、すごく気に入っています。芯の硬さも絶妙で、硬すぎず柔らかすぎず。画用紙が極端に凹むこともなく、指で少しぼかしたいときにも扱いやすかったです。描き心地のバランスがすごく良いなと感じました。


日常に“溶け込むアート”をつくりたい
これからの挑戦
——今回の取材内で「FUN ART STUDIO」をテーマにイラストを描いていただきました。どういうコンセプトで描かれたのでしょうか?
一筆書きで描いてみました。アートって手から生まれていくものだと思っていて、描いていたら自然とハートのモチーフが出てきたんです。FUN ART STUDIOの“FUN”という言葉からも、前向きなエネルギーとか、あたたかい空気を感じたので、そのまま線でつないでいくように描きました。今いちばん好きな色を使ったのもポイントですね。

——お話を伺いながら、辻元さんが“表現”をすごく大事に育てているのが伝わってきました。これから挑戦してみたいことはありますか。
ずっと描き続けてきたなかで、まだ形にできていないアイデアがあるんです。それが“日常使いできるアート”。飾るためだけの絵ではなくて、もっと生活のなかで自然に使えるものに落とし込めたらいいな、とずっと思っていて。
——生活のなかで“使えるアート”、とても素敵な発想ですね。
ただ、ノートにプリントするとか「絵をそのまま載せました」というグッズ化とは少し違っていて……アートそのものが暮らしの一部になるイメージなんですよね。身につけたり、持ち歩いたり、気づいたら生活に溶け込んでいるような。ずっと実現したいと思っているのですが、形にするのがなかなか難しくて。今まさに試行錯誤しているところです。
——個展を開いてみたい気持ちもありますか?
あります、すごくやりたいです!
作品自体は溜まってきているんですけど、絵を描けるのが月に一度あるかどうか、というペースなので、どうしても完成まで時間がかかってしまって。気に入っている作品もあるので、焦らずゆっくり準備していきたいと思っています。
——お忙しいなかでも、新しい画材に挑戦されたり、描く時間を確保されているのが印象的です。
本当に“絵が好き”なだけなんですけどね(笑)。でも、好きだからこそ少しずつでも続けたいし、これからも自分なりに表現をアップデートしていきたいと思っています。


Profile
辻元 舞(つじもと まい)
1987年2月6日生まれ京都府出身 モデルとして「VERY」をはじめ様々な雑誌で活躍。近年は「プレバト!!」(毎日放送/TBS系)で、絵画の才能を発揮。水彩画や色鉛筆画を得意とする。プライベートでは3児の母としての一面も持ち、ライフスタイルが垣間見えるYouTubeも注目されている。
公式Youtube : Mai Fam TV
公式instragram : @mai_tsujimoto
取材・文/雨谷 里奈
撮影/饗庭 紀明