雑誌や広告、アパレルブランドとのコラボレーションなど、さまざまなシーンで愛されている長場雄さんの作品。白のキャンバスに黒の線で描かれるシンプルながらも特徴をとらえた作品は、ミニマルなスタイルのなかにも人間らしい温かみがあふれ、世界中の人々を魅了しています。絵を描くことが好きだった少年時代の長場さんの素顔から、創作活動に対する思いまで、おだやかな時間が流れるアトリエでお話を伺いました。
トルコで絵を習っていた少年時代
――小さい頃から絵を描くのがお好きだったのでしょうか。
絵を描くのは好きでした。幼稚園の頃に描いた絵がけっこう残っているので、その頃から描いていたのだと思います。電車や消防車を描くのも好きで、小学生くらいになると漫画を描いたり、風景を描いたり。うまく描けないなりに、一生懸命、描いていた記憶があります。
友だちと遊ぶのもすごく好きで、手打ち野球やサッカーもしたし、自転車に乗って遊ぶのも好き。近所の子たちと夕方になるまで「だるまさんがころんだ」や「鬼ごっこ」などで遊んでいたことを覚えています。
かたや、友だちと遊ばない日みたいなものを作っていました。今日はひとりで遊びたいというときは少し遠くの公園まで行き、秘密基地にこもって、どんぐりを集めたりしていました。子ども時代はそんなことをしていたイメージです。
――子どもの頃、お父様のお仕事の関係で、トルコに行かれているそうですね。
10歳から2年ほど、トルコに住んでいました。トルコに行くときには、ちょっとつらかった思い出もあって、日本のカルチャーや好きなものと分断されるというのかな。学校から帰ったら、日が暮れるまで友だちと遊ぶというカルチャーもそうだけど、漫画やゲームなど、好きだったものを全部シャットダウンせざるを得なくなったんですよね。僕はキン肉マン世代なので、キン消しもたくさん集めていました。でも、引っ越しに伴い、それも全部処分するしかなくなって……。あれはつらかった(笑)。
トルコでは絵を習っていました。近所に油絵画家さんが住んでいて、あるとき父の友人宅で開催されたパーティーに、その方がいらっしゃったのです。そこで僕が絵を好きだという話になり、「一度、アトリエに来てみたら?」と言っていただいたのが、ご縁の始まりでした。
そのとき親が「絵を習わせたい」という話もしてくれて、その方に習うことになったのですが、彼女は絵画教室の先生ではなくて、その道一筋の油絵画家さんです。人に教えること自体が初めてだったと思うのですが、「明度」とか「彩度」とか言われても、小学生の僕にはさっぱり理解できなかった(笑)。
最初は肖像画の模写からスタートしましたが、全然うまく描けませんでした。そこから、もうちょっと描きやすいものをということで、油絵画家さんの家のネコちゃんや、読んだ本のワンシーンを絵にしたら? と言われて、描いたり。
それが楽しいと同時に、きついというか……。「自分はどのようなものに興味を持ち、何を描きたいのか」「風景を描くのか、人物を描くのか、抽象的なアートを描くのか」という問いを突き詰められて、困惑したのかもしれません。僕としては、これといって描きたいものがないのだけどなあみたいな感じだったので、先生は少しずつテーマ探しの提案をしてくれたようです。
印象深かったのは、日本に帰国するまでの間に描きためた作品を、先生の家の庭に飾り、個展を開いてくれたことです。これはすごくいい経験になりました。絵を習っている間は、つらさみたいなものも感じていたけれど、自分の作品を人に見せることで、絵を描くってやっぱりいいな! という気持ちになりましたから。
――中学・高校時代も絵を描かれていたのですか。
小6の終わりにトルコから帰国したのですが、トルコでの絵の体験でちょっと疲れてしまって(笑)、絵は落書き程度。ノートや教科書の隅っこに描くみたいなことはすごく好きでしたが、ちゃんと絵を描くということはしていなかったですね。
中学・高校では陸上部に所属して、陸上漬けの日々を送りました。中学のときは工作部も掛け持ちして、バイオリンを作っています。本当は3年間かけて完成させるのですが、僕は授業以外の時間を陸上に費やしていたので、中3の後半くらいからラストスパートをかけて、一気に完成させました。
絵に関わりたい気持ちがぼんやりと
――美術系の大学に進まれたのはどのような理由があったのでしょう。
自分の特技を活かすことを考えたとき、陸上も選択肢のひとつではあったのだけど、走るのにも飽きちゃったし、それでどうにかなるものでもないだろうな、と。ぼんやりとでしたけど、その頃から絵に関わることをしたいという気持ちがあったので、子どもの頃から好きだった絵の道に進もうと思い、美術系の大学に行きました。
大学では、美術に触れる機会が格段に増えたと思います。デザイン科に在籍していましたが、周囲の影響もあって、現代アートにも触れました。音楽も好きだったので、いろいろなジャンルを聴くうちに、現代音楽に興味を持つようになったり。
夏休みにはバックパックを背負って、ヨーロッパへ行き、世界的なアートの祭典で知られるヴェネチア・ビエンナーレを訪れ、パリのルーブル美術館にも足を運びました。オランダに住んでいるおばを訪ねた際には、ゴッホ美術館を訪れました。デザイン学科では建築についても学んでいたので、歴史的建造物などを見ることも魅力的な体験だったと思います。
――大学で4年間過ごした後、絵に関わる仕事に対する思いはどうなりましたか。
デザインを学んだけれど、デザイナーになるイメージもなかったというか、ハードな世界という印象があったので、僕にはちょっと難しいなあと思って。結局、就職先を決めず、ぼんやりしたまま、大学を卒業しました(笑)。
でも、これからどうするの?と考えて、何かしら手に職をつけなければと思い、デザイン関連の仕事を探していたときのこと。面接の会場で出会った人が僕の作品に感銘を受けたみたいで、「Tシャツ屋さんがバイトを募集しているから、そういうところに応募してみたら?」と提案してくれたのが、僕にとっての出発点になりました。
その提案を受け、応募して受かったのが、オリジナルのTシャツを販売しているアパレル企業です。最初はデザインをするとかではなくて、出荷作業などの裏方仕事をしていました。
もちろん、僕の中には絵を描くとか、デザインしてみたいという気持ちがあったのだけど、当時の僕は世の中に負けそうという思いが強くあり、一歩を踏み出せなかった。でも、一念発起して、「Tシャツを作りたい」「こういうことをやりたい」と社長に直談判しました。電車の一番うしろの車両でもいいから、まず乗ろう。そうすればそちらの方向に行けるかもしれない。そう思って。
すると、快く「いいよ」と言ってもらえました。社長にまず言われたのは、「売れるものを作ってください」でした。
好きを突き詰めて、今のスタイルになった
――アパレル企業ではどのようなデザインをされたのですか。
最初は自分の基準でいいなと思ったものを作ってみたのですが、商品の動きがいまひとつよくないんですよね。そこで、いろいろ調べました。人って何が好きなんだろう。何に興味があるのだろう、と。
正直、それまでの僕はあまり人のことを考えて、生きていなかったですからね(笑)。自分基準で動いていたので、Tシャツをデザインするにあたって、人との関わりや、人のことを考えるようになったところがあります。
例えば、今日は動物をテーマに考えてみようということで、ゾウ、パンダ、トラを絵にしていくとします。それを社内の人に見せると、「パンダがよかったね」という反応が返ってくる。自分の中ではどの絵も好きだけど、他の人がどう思っているかを知ることで、パンダが最もいい選択だと気づくことができるわけです。
それを積み重ねたおかげで、アパレル企業ではある程度、売れるものは作れたのかなと思います。街なかで僕がデザインしたTシャツを着ている人を見かけると、本当にうれしかったですね。
――その後、フリーになられていますが、シンプルなスタイルになった理由は何でしょうか。
いろいろな人からイラストの仕事をオーダーされて、絵を描いていくうちに、だんだんと自分の色ってなんだろう? みたいなことを考えるようになりました。もしかすると、自分の持ち味を出し切れていないのではないかと感じることもあって……。そこで、自分の好きを突き詰めてみようと思い、たどり着いたのが、手描きのシンプルな線を使ったミニマルなスタイルです。
もともとは色を使っていたけれど、実はあまり色を使うのが好きではありませんでした。色に対して、自分でうまくコントロールができないなという思いがあったので、一回、色は捨てようと思ったのがきっかけです。
――手描きにこだわる理由や思い入れとは。
理由はいくつかあります。ひとつは、同じ線を描いても手描きのほうが自分らしさを出せると感じているから。自分の手で描くことで、独自の線が生まれるし、それが自分の強みにもなると思っています。
もう一つの理由は、デジタルだと発表するまでのスピードが速すぎると感じることです。デジタルで作った作品は、簡単にSNSなどで発表できます。そのスピード感はデジタルならではのよさだけれど、僕はそれが苦手なのだと思う。もう少し時間をかけて、作品を育てていくほうが僕にはあっているし、スピードがどんどん加速していく感じが少しこわいかな。自分の気持ちや、自分のやりたいことがわからなくなる気もして、デジタルとはなるべく距離を置くようにしています。最近はより手描きを意識するようになっているかもしれませんね。
――画材に対するこだわりはありますか。
線が大事なので筆ペン風のツールや太めのマーカーを最近は使っています。筆ペンはニュアンスみたいなものを表現するときにちょうどいい。太いマーカーは、自分でコントロールできない部分もあるため、それがおもしろいなと思います。インクが出過ぎることもあって、出る量を調整する楽しさもありますし、インクが紙に染みこみ過ぎることがあるのもおもしろい。自分でコントロールできない部分が楽しくなってきているのかもしれないですね。
下描きには鉛筆を使いますが、最近はペンでそのまま描くことも増えてきました。鉛筆で描くと、細かい線やディテールが詳細で明確になるけれど、ペンでそのまま描くと、自分の描きたい線をよりダイレクトに、かつ自由に表現できる気がします。
――エースホテルのメモパッドに作品を描いているそうですが、使い心地はいかがですか。
同じエースホテルでもロケーションによって、書き味が異なります。たぶんフォーマットは同じだけど、印刷会社も違うし、規格も微妙に違う。紙の白さも全然違って、ニューヨークのメモパッドは描きやすいけれど、ポートランドではインクが染みこみすぎちゃうとか。2019年にエースホテル京都が誕生しましたが、京都のメモパッドはすごく安定していました。メイド・イン・ジャパンって、やっぱりすごいんだなと実感しました(笑)。
平面とは異なる視点が楽しい立体作品へのチャレンジ
――創作活動で喜びを感じるのはどんなときですか。
出来上がった作品を見て、自分が作ったものじゃないというか、なんかいいじゃん! と思えるものに出会えることが喜びです。もしかすると、そういうものを見たくて、制作活動を続けているのかもしれないですね。
日々の生活の中で、自分の価値観や見え方というのはコロコロと変わっていくものなので、作品に対して冷静にジャッジして、いい悪いをちゃんと持っていたいという気持ちは常にあります。これってよかったんだと思うときもくるし、何がよかったのかをずっと探しているというのかな。そんな感じはありますね。
――アイデアのためにされていることと、創作へのこだわりを教えてください。
生活の中で感じていることを丁寧に分析していくことかな。あとはアート系の本を読んだり、ラジオやポッドキャストを聴いたり、いろいろなものに触れるようにしています。
いい創作を行うために心がけているのは、身体的にもいい状態を作ること。といっても、よく寝るとか、ヘンなものを食べないとかで、そんなに特別なことはしていません(笑)。
――これからチャレンジしたいことはありますか。
今は平面で絵を描いていますが、立体化しようと試みているところです。大学生の頃に惹かれて以来、ずっと好きだった現代アーティストに、ドナルド・ジャッドという人がいます。彼の作品は好きだけど、ずっとうまく理解できないままでいた。でも、最近読んだ本で発見しました。彼はもともと絵画を描いていた人で、絵画という表象空間を現実の三次元の空間に引きずり出し、表象と物質の融合を試みたと言っています。このアプローチと僕のやりたいことがすごくリンクしている気がしたのです。
今は小さな立体作品を作っているところですが、動かしたり、回したり、上から見たり、平面とは異なる視点から見る必要があるので、より深く物事を見る感覚が生まれて、それがすごくおもしろい。手描きと同じように、自分の手でダイレクトに作品を生み出している感覚もあります。
日常のシーンを写真に収めることもよく行いますが、そういった経験も絵を描く助けになって、フィードバックされていくのではないかと思います。本を読むのもそう。いつかは絵に戻ってくると思うのですが、立体はさらに広いところから栄養素を得ることができる気がします。
――FUN ARTの言葉から連想することは?
今のようにいろいろな作品を作って、表現したり、発表したりするのもFUNだと思うし、見るおもしろさとしてのFUNもあると思っています。僕は人の作品を見るのも、すごく好き。人の作品を見て楽しむこともあれば、そこからまた自分の作品を作ることもあり、FUNは行き来するものなのではないかなと思います。
今までは何をテーマに描くのがいいのだろうとか、売れなきゃダメだと思って、つらいことのほうが多かった気がします。でも、それも1周したのかもしれない。今の自分を掘り下げていくと、苦しいというよりは、ちょっと楽しむという方向に近づいている感じがします。
――最後に楽しく創作活動を続ける秘訣と、読者のみなさんへのメッセージをお願いします。
楽しく創作活動を続けるには、一歩引いて見る、ということかな。一つひとつの作品にフォーカスしていくと、善し悪しが気になりがちですが、少し距離を置いた目線があると、全体のイメージや方向性が見えてきます。例えば、自分の中では終わったことでも、少し引いた目線があれば、また巡ってくるかもしれないという柔軟性が生まれてくる。そういう視点があると、自分の中での流行り廃りや過去の経験にとらわれず、楽しく創作できるのではないかと思います。
デジタルとは異なり、紙に描くことは感情の発散にもいいと感じます。心も豊かになると思う。なので、楽しく描いてください。たくさん描いて、楽しいと思うことをやり続けて欲しいと思います。
Profile
長場 雄
1976年東京生まれ。アーティスト。東京造形大学デザイン学科を卒業後、アパレル企業 に約6年在籍、Tシャツのグラフィックデザインを担当した後、フリーに転向。アーティストとしてアパレルブランドへのデザインワークの提供のほか、雑誌、広告、装丁画、挿絵、さまざまなブランドとのコラボレーションなど、国内はもとより、海外でも幅広く活動している。2019年にはそれまでのドローイングから支持体をキャンバスに移した個展「Express More with Less」を開催。翌年に渋谷のギャラリーSAIで開催された「The Last Supper」と共に大きな注目を集める。その後も世界各国での個展開催やアートフェアへの参加など、国内外で注目を集めている。
https://www.instagram.com/kaerusensei/
取材・文/小山まゆみ
撮影/樋渡 創