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【FUN ART LOVERS】Vol.19 森本千絵
作品に夢中になって取り組む。 それは、初恋の感覚に似ている。

アートディレクター、コミュニケーションディレクターとして活躍中の森本千絵さん。どの仕事もどの作品も、あたたかみと強烈なインパクトが同居しているように感じます。そんな森本さんは、いかにして感受性を育みここまでの道のりを歩んできたのでしょうか?また、仕事の向き合い方はどのようなものでしょうか?お仕事の原画展『e°dama』(会期終了)の会場、東京・代官山のATELIER&SHOP『goen。』を訪れ、幼少期からいままでのクリエイティブな日々について伺ってきました。

 


 

幼い頃に過ごした青森。
そこでの体験が豊かな感受性を育んだ。

 

――広告や音楽系の仕事が多い森本さんですが、昨年には、大型ステンドグラスを仕上げたと伺いました。また新しい挑戦をされたのですね。

 

はい。青森空港の旅客ターミナルビルをリニューアルするとのことで、アート作品の制作を依頼されました。『青の森へ』というタイトルのステンドグラスです。新型コロナウイルス感染症が発生して、最初の緊急事態宣言が出たときに、ドローイングした絵をさらに切り、その切り絵で原画をコツコツつくりあげました。描かれているモチーフは全部私の原体験。

 

私は生まれが青森県三沢市で、幼い頃は三沢の祖父母の家で過ごすことが多かったんです。祖父は三沢の米軍基地の中でテーラーを経営していて、周りには海外からきた原色の雑貨がたくさんありました。奥入瀬渓谷にも連れて行ってもらったし、青森ねぶた祭りではハネト姿で夢中になって踊りました。それから、祖父のテーラーにあった質感、色、ツヤが異なる布を見て育ったというのも影響していると思います。ウールは糸が細かく織りなされているのに遠くから見たら1色に見えたり、ツヤツヤした裏地は角度によって違う色に見えたり。「青の森へ」の名前のごとく、青を中心に自然がもつ穏やかな色やビビッドで明るい色をちりばめてステンドグラスにしました。

 

 

――ファッションデザイナーやアーティストになろうとは思わなかったのですか?

 

小さい頃、先生には「何を考えているのかわからない」と言われるくらいぼーっとしている子で、将来のことは全然考えていませんでした(笑)。けれども、小学3年生のときに教科書のすみにアニメのキャラクターを描いていたら転校生に声を掛けられ、途端に友だちが増えました。似顔絵付きのバースデーカードや年賀状を渡し、みんなが喜んでくれたのも嬉しかったです。「私の得意なことは、絵を描き喜んでもらうことなんだ」と自信をもち、もっと描いていきたいと思いました。

 

そして、中学生の頃に広告の魅力に惹きつけられていきました。「街中にあるポスターやお茶の間に流れるテレビコマーシャルなどをつくる仕事がしたい」と思い、両親に聞き、広告代理店にデザイナーという職種があることを知りました。その後、広告代理店にデザイン職で採用してもらうため、美術大学へと進学しようと中3から美術専門の予備校で絵の勉強を始めたのです。

 

 

絵に熱中し過ぎて学科試験で落とされたのに、
それでも夢を諦めなかった。

 

――美術専門の予備校では、どのような時間を過ごされたのでしょうか?

 

予備校に行ったら、年齢関係なくいろんな個性ある人が絵ばかり描いていたんですよ(笑)。何時間も座りっぱなしで石膏像をデッサンしていました。私は「なんて素敵な時間なんだ!」と思い、それから高校3年まで通い、ひたすらに描いて、武蔵野美術短期大学に入学し、その後、4大の武蔵野美術大学に編入しました。

 

 

――広告業界では、博報堂の入社試験のエピソードが有名みたいですが。

 

トラックで入社試験の課題作品を運んだ話ですね(笑)。作品が大きくて友人のお兄さんに2トントラックを出してもらいました。内定したから良かったのですが、不採用でしたら「でかいトラックで何してるんだ」と言われちゃいますよね(笑)。

 

 

 

 

好きだからこそ、責任をもってやる。
どんな仕事でもプレッシャーは感じている。

 

――仕事の幅が広がったのは会社を立ち上げてからですか?

 

独立する2年前くらいからですね。ちょうど博報堂でミスチル(Mr.Children)の広告を手掛けていて、その流れで小林武史さんが主催するap bankの活動に関わって、その頃から広告のみならず幅広い活動を求められるようになりました。

 

ミスチルのCD『HOME』では家系図をモチーフにしたアートワークを手掛けたのですが、それを見た北九州の動物園の園長さんに「この人(森本)はオランウータンなど動物の生態に興味があるに違いない」と思っていただき、動物園のディレクションをすることに発展しました。さらに動物園から保育園の空間デザイン、『育育児典』の装丁へとご縁がつながっていきました。

 

 

ATELIER&SHOP『goen。』では『Dear Mr.Children展』(〜6月26日、 アンコール展7月2日〜18日)を開催。今年5月10日にMr.Childrenが30周年、『goen。』が創立15周年を迎えた。7月26日からは俳優・鈴木杏さんの初個展『この世界、すべてがキャンバス 鈴木杏のアトリエ展』を開催し、数々のスケッチや絵画を発表。銀座の画材店『月光荘』と誰もが絵を描く空間をつくる。
『Dear Mr.Children展』詳細および来場予約はこちらから

 

 

――広告のデザインや企画、空間デザイン、音楽系の仕事など、それぞれに共通するものはありますか?

 

どの仕事でも、伝えたい、喜んでもらいたいという想いはすごく強いです。企画しているうちにさらに好きになっていきます。だからこそ、強く最後まで責任を持って仕事をしています。情報が間違って伝わり、残念に思う人がひとりでもいないよう、正確にそして魅力的に伝えたいと思っています。

どの仕事もその人にとっては初めての挑戦となり、そのお手伝いをすることになるので、手法や発想は初心にかえり案件ごとに新しいことを心がけます。その時の気持ちは、まるで初恋みたいだなと思っています。

 


 
 
いろいろな画材を使っているけれど、
「筆之助」は描きやすくびっくりした。

 

――普段、どういう環境で企画したり、絵を描いたりするのですか?

 

音楽がないと仕事ができないので、ミュージシャン以外の案件の場合はまず最初にプレイリストをつくって、楽曲を繰り返し聞きながらやります。

 

是枝裕和監督の映画のポスターをはじめてつくったときは、お互いプレイリストを焼き付けたCDをお互いの郵便受けに入れて、ビジュアルのイメージを固めるために、音楽で感覚のすり合わせをしました。他のお仕事でも同じですが、資料に文字で書かれているよりも、耳から入る情報の方が繊細で幅が広いように思います。

 

 

――画材はどういうものを使いますか?こだわりはありますか?

 

水彩絵の具が多いですが、基本的になんでも使います。CMのコンテや企画書は水彩絵の具で描きます。この前は、トンボさんの「筆之助」でジャズのアルバムジャケット「Something Jazzy メロディ・イン・ザ・リビングルーム」の絵を描きました。これ、描きやすいんですよね。水彩絵の具で描く感覚に近くて、タッチ次第で細い線も描ける。それでいて、アクリル絵の具みたいに乾きが速い。想像より薄い色が出るので「おっ!」と思いますが、そのギャップがおもしろい。はじめて使う人には、描きやすいと思います。

 

 

――CMのコンテはモノクロの コマに描いたものが多いようですが、水彩で色を付けるんですか?

 

そうなんです。たった1秒しか映らないシーンでも本気で、水彩で描きます。背景はどうなる?服は何色?どっちから風が吹いている?などと頭の中で整理しながら描くんです。描きながら企画している感じです。すると、スタイリストさんやメイクさん、カメラマンさんなどみんなが私のコンテの世界観に寄せ、さらに想像を超えるクオリティで仕上げてくれるんです。

 

(左)ファッションブランドのCMの絵コンテ。(右)ジャズシンガー島田奈央子さんのアルバムジャケットの下絵。

 

――森本さんにとってアナログや手描きの魅力はなんでしょうか?

 

呼吸し、揺れているということですね。パソコンで引いた線は拡大してもどこまでもまっすぐで、不自然で、生きている感じがしない。けれども、人間が描いた線は一見まっすぐでも、拡大すると微妙に揺れています。

葉っぱが太陽に当たろうとして、均等に育っていくじゃないですか。人間が描いた線はそういう自然の様子に近い。だから、その不完全な、隙間がある感じが生きる証なんじゃないかと思うのです。隙間があると気持ちが入っていける。それが魅力なんだと思います。アナログや手描きの作品はそういう部分があるので、私はこころが動きます。

 

 

 

学生時代に身に付けたデッサン。
いま、改めて学び直してみようと思う。

 

――「FUN ART」という言葉から、どんなことを連想されますか?

 

楽しもうよと言葉のまま連想します。夢中になることができること、そのものが幸せなことです。そして、その姿はきっと周囲から「楽しそう」と思われるんでしょうね。

 

 

 

――さまざまなプロジェクトで忙しいとは思いますが、いまトライしたいことはありますか?

 

初心を超えていく体験をしてみたくて、もう一度デッサンを習おうかなと思っています。デッサンの基礎は学生時代に身につけましたが、あの頃は、どうやって周囲からはみ出してやろうか、自分とはなんぞやなんてことを考えて個性を出すことばかりしていましたので、改めてデッサンに向きあってみたい。手のスケッチだけ繰り返し描くのも楽しそうだし。きっと、やり始めたらもっと上手になれるんじゃないかなと思っています。

 

 

――絵を描きたい、絵を描いて喜びを感じている方へメッセージを!

 

私は東日本大震災の直後に、新聞を読みながら、絵やコラージュで少しでも前向きになれたらと新聞の悲しいニュースの上に描いていました。やり場のない気持ちを絵に託していたんだと思います。その後も地方ロケでその土地の新聞を使って描いたり、映画やライブのあらゆるチケットを新聞に貼り付けたり。

描くものつくるものにその時の感情が出ますよね。描きたい!という素直な感情は受け入れられ、描かなきゃと思うと義務になる。だから絵は描かなきゃならないものではなくて、描いてしまう気持ちを優先してほしいです。好きなことに夢中になれるのは幸せなことです。まずは絵の出来栄えではなく、そんな自分自身を楽しんでほしいです。また、絵を描く気持ちに出合いたくなったら東京・代官山のATELIER&SHOP『goen°』に遊びに来てください。7月26日(金)から『この世界は、すべてキャンバス 鈴木杏のアトリエ展』をやります。誰でも絵を描ける空間をつくりお待ちしています。

 

 


Profile
森本千絵
アートディレクター、コミュニケーションディレクター。1976年青森県三沢市生まれ。武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科を経て博報堂入社。2007年に博報堂を退社し、株式会社goen°を設立。「出会いを発明する。夢をカタチにし、人をつなげる」という考えのもと、企業広告の企画・演出・商品開発や空間ディレクションに始まり、映画のポスター、ミュージシャンのアートワークなどを手がける。2014年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科客員教授に着任。2021年ECサイト『mono goen。』を開設。2022年5月に創立15年を迎え、さらなるご縁を紡ぐためにATELIER&SHOP『goen。』(東京都渋谷区猿楽町4-6)を1年間限定でオープン。ニューヨークADC賞、東京ADC賞グランプリ、伊丹十三賞、日本建築学会賞、日経ウーマンオブザイヤー2012など受賞。 プライベートでは一児の母。
goen° http://www.goen-goen.co.jp

 


文/大場 祐子
撮影/樋渡 創

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