
旅する感覚でアートを楽しむ“FUNART JOURNEY”
海外の日常にあるアートの楽しみ方などを現地からのレポートでお届けします。
今回はチェコ在住の彫刻家・TETS OHNARI氏が代表のアートサバイブログがプラハの「パブリックアート」の見方をレポート。
Have a fun art journey !
はじめに
今回はチェコ共和国の首都、プラハの「パブリックアート」を種類別に整理しながら、それぞれの特徴や見方のヒントをお伝えしていこうと思います。オブジェや作品の目的や文脈を意識すると、観光地や皆さんの地元のアート風景が、一層豊かに見えてくるはずです。
プラハは歴史的建造物や美しい街並みで知られていますが、街を歩けば目に入る多彩なパブリックアートも魅力の一つです。
「パブリックアート」とは、公の場で見られるアートを指しますが、公共にありながら、それが単なる「見られるもの」ではなく、「記憶」や「意志」を都市空間に刻み込む手段となっていることも特徴です。
しかし正直、こうしたオブジェや作品に出会った時、“何をどう観ていいかわからない”と、漠然と思う人も多いのではないでしょうか。作品のタイトル、作家や意図を知ることも重要です。しかしまず、これがアートなのか、装飾なのか、ただの物体なのかなど、表面的な概要を知ると、より腹落ち出来るのではと思います。
そこで今回は、プラハの街に息づく多様で複雑なパブリックアートを、かなり粒度が荒いことは承知で、あえて「8つの視点」で読み解いてみようと思います。
1. キリスト教布教── 信仰を映す街角の美
プラハだけでなくヨーロッパでは、キリスト教の深い影響を受けた都市ばかりです。
宗教美術は、教会の内部だけでなく、街の至る外壁や橋、道端にも息づいています。
時代や宗派によってその内容は違いますが、チェコは神聖ローマ帝国時代からカトリック教を中心とした文化が根づく街で、キリスト、マリア、天使などのモチーフの彫刻やフレスコ画は、信仰と布教の手段でもありました。
カレル橋に並ぶ30体の聖人像はその代表例。これらの像は、人々に聖書の教義や殉教の物語を伝える視覚的な布教の道具として配置されました。
殉教の瞬間を捉えた聖ヤン・ネポムツキー像など、それぞれに教義と歴史を語る物語が刻まれています。これらの像は、美術作品としての完成度はもちろんのこと、「誰のために、何を語っているのか」という宗教的意図に目を向けることで、より深い鑑賞体験が得られます。
2. 建築装飾・デコレーション── 美しさのと境界を越える芸術
公共の場で見られるアートに建築物は欠かせません。よく見れば驚くほど美しく計算されている「建築装飾アート」。
建物の外壁に施されたレリーフや、橋の欄干の彫刻、広場に敷かれたモザイクタイルなどがこのタイプに含まれます。
道を歩きながら、ふと顔を上げたり、足元を見たりして発見する喜びがあります。見るというより、「気づく」ことが大切かもしれません。
こうした作品に出会ったら、「なぜこの場所にこの形なのか」と建築との関係性に注目すると、街そのものが一つの芸術作品に感じられるでしょう。
これらに「意味」や「批評性」がなくても、美しいものは街を変えます。装飾的アートは、まさにその代表。街灯の鉄細工、ファサードの装飾模様、天井の装飾など、細部に見とれてしまいます。
芸術の一つの価値は、生活のなかに“非効率で無駄なもの”を持ち込むことで、人生を豊かにする力を持っているのだと感じさせてくれます。こうした作品は、都市に彩りと遊び心を加えるアートです。
プラハの歴史的街並みに多く見られるアール・ヌーヴォーの装飾も、まさに「暮らしの中に美を持ち込む」という美学の結晶と言えるでしょう。
3. 家紋
建物の入り口にある家紋の彫刻も、プラハでよく見られる芸術的なサインと言えるでしょう。
家の印である「domovní znamení」とは、住所表示や家名の代わりに使われていた絵やシンボルマークで、番地制度が整う前のヨーロッパでは、道を歩く人々が、建物を識別するために視覚的な目印が必要でした。
チェコではこの習慣が特に発達し、個性的な図柄が数多く生まれました。動物や植物だけではなく、建物の主の職業や身分にまつわるモチーフなど、ユニークなものが沢山あります。
通りや番地などの住所がない時代、または人民の識字力がない時代に、”〇〇がある家の〇〇さん”といった具合に標識として機能していたと言われます。
4. 記念碑やモニュメント── 歴史を刻む
最もメジャーなパブリックアートのひとつが、「記念彫刻」です。歴史の英雄像、偉人の胸像、戦没者慰霊碑などが該当します。これらは多くの場合、その土地における歴史的記憶を形にしたものであり、国家や地域の価値観を可視化する手段でもあります。
静かで厳かな雰囲気を持ち、素材も重厚な石やブロンズが多く選ばれる傾向にあります。こうした作品を見るときは、「どんな人物で何をしたか、どんな物語を残しているのか」という視点を持つと、単なる像ではなく“語りかける存在”として立ち上がってきます。
写真左の中身がない人体像は、音楽家のモーツァルトが初めてドン・ジョバンニを公演した劇場前に記念碑としてつくられました。
写真右は、42枚のステンレス製パネルが回転してカフカの顔を形成する、動く彫刻作品です。作者のチェルニーはこの作品で、カフカの複雑な内面世界とプラハの多層的な歴史を象徴しています。
プラハに縁がある芸術家や、物語に登場する人物など、様々なモニュメントが街の至る所に点在しています。事前に少しでもそのお話を勉強しておけば、実際の作品を現地で観た時には、よりその感銘や物語を読解できると思います。
動かぬオブジェは、無言の存在でありながら、見る者に問いを投げかけます。過去の過ちを繰り返さないための“視覚の記録”でもあり、静かに歴史の重さを伝える存在は、都市が記憶を手放さないための手段でもあります。
5. プロパガンダ── 共産主義体制と政治思想
かつての共産主義時代、プラハの街には“理想的な社会主義市民像”を体現するような彫像や壁画が多数存在しました。それらは民衆に希望や忠誠を喚起するための視覚的ツールであり、まさにプロパガンダとしてのアートでした。
労働者のたくましさを誇張したモニュメントや、進軍するソ連兵の記念像は、「私たちは正しい歴史の中にいる」という個人よりも体制の理想物語を、強固な形態とスケール感で語っていました。
政府は自由な表現を禁止し、監視と管理体制による芸術表現は、パブリックアートをも検閲していました。大多数のチェコ人にとってトラウマとも言える社会主義時代の彫刻などは、現在はほとんど撤去されていますが、当時つくられた建築物などは現在も使われています。
6. 自由への意志・反抗のメッセージ── 静かなるレジスタンス
現在では共産主義時代のパブリックアートの多くが撤去されていますが、その体制や政治性静かに反抗した作品や、自由への渇望を意図したモニュメントが点在しています。写真上は1955年、レトナ公園の丘に、高さ15.5mスターリンの巨大モニュメントが設置されたものです。スターリンの死後それが取り壊され、現在は、時を刻む同じ高さのメトロノームのモニュメントがあります。
この写真は、数百人の学生が負傷しながらも、チェコスロバキアの強硬な共産主義政権に対して、1989年11月17日の自由のための「ビロード革命」の事件を記念するブロンズ像です。
写真の「The Stumbling Stones(つまずきの石)」は、ナチスによるホロコーストで命を落とした人々を記念するために、比喩的に「足ではなく心がつまずく(立ち止まる)」ことを意図したものです。
こちらは、近年の「ウクライナ侵攻」に対するものとして、プラハにあるロシア大使館前に突如出現したオブジェです。
このように、プラハの街には、自由や表現の重要性を象徴するアートも存在します。
これらの作品は、市民の声や感情を可視化し、共有する場となっています。
7. Mural Art(ミューラルアート)とグラフィティ
ミューラルアートとは、建物の壁に描かれた「壁画(へきが)」とも呼ばれます。 無許可の落書きストリートアート「グラフィティ」との違いはここにあります。
公共の場というより、むしろ「ストリート」と呼べるキャンバスでは、社会的メッセージや風刺など、弱者側に立ったカウンターカルチャーをテーマ(貧困、平和、人種差別、環境問題、社会へのメッセージや反骨精神)にしたものが多く観られます。
過激な表現やユーモアを交えて問いを投げかけてきます。壁は、ある意味で「最も開かれたキャンバス」なのです。
写真左の「レノン・ウォール」は、1980年代から平和、愛、そして自由の象徴となっています。当初はジョン・レノンやビートルズにインスパイアされたグラフィティで埋め尽くされていましたが、時を経て、希望、団結、そして抵抗のメッセージを表現するための、色鮮やかで変化に富んだキャンバスへと進化しました。
8. 機能を持つアート── 境界線の曖昧さ
ベンチや遊具、街灯など、本来の用途を持ちながらも、明らかに芸術性を意識したデザインで作られているものもあります。これらは「アートである」と同時に「道具でもある」存在です。写真左上はヴォールトという天井を支える網の目をした支えです。
写真右上は日時計です。
写真左は彫刻家ベセリーが制作した、車の侵入を防ぐ柵です。写真右は、旧市街広場にある最も芸術性が高い天文時計になります。
9. 近代、現代彫刻── 個人と表現の時代
チェコの近現代のアート作品の特徴は、 ユーモラス、風刺的、アイロニー精神に満ちています。プラハではその象徴的な存在として、現代アーティストのダヴィッド・チェルニーの作品が各地に配置されています。上記に挙げた事例のように、常に地政学的問題にさらされてきたチェコのパブリックアートは、往々にして社会や権力に対するアイロニカルな表現として街に放たれています。
ヴァーツラフ広場近くのルツェルナ宮殿内にあるチェルニーの作品は、聖ヴァーツラフが逆さまに吊るされた馬の腹の上に座っているという、伝統的な騎馬像を逆手に取ったもので、チェコの歴史や権威への風刺を表現しています。
ナーロドニー通りに設置されたチェルニーによるこの作品は、第二次世界大戦中にイギリス空軍の飛行隊で活躍したチェコスロバキアの戦闘機で、英雄たちを称えるものです。蝶は平和を、スピットファイアは戦争を象徴しています。
20世紀後半に特に多く見られる抽象的彫刻は、公共空間に設置することを念頭に創られたものがほとんどで、空間との響きあい、街が生きていることが実感できます。
こちらはガラス彫刻家のマリアン・カレル氏の建築的作品で、美術館の天井と横部分に付属している作品は、既にある建物に対してどう構成してアプローチするかということが重要になります。このように、環境アート、建物や街との対話もパブリックアートの醍醐味と言えるでしょう。
終わりに── 街を読む目を持つ
パブリックアートは、単に「そこにある美しいもの」ではなく、都市が発する言葉のような存在です。その言葉は、時に政治的で、時に宗教的で、あるいはただの遊び心だったりします。
プラハを歩くとき、ぜひ目を凝らしてみてください。
「なぜここに?」「誰が、どんな気持ちで?」
そんな問いを持つことで、街が語りかけてくる声に気づくはずです。
アートは、ギャラリーではなく、日常のなかにこそ宿っているのです。
ぜひ皆さんも興味深いアートを探す旅に出てみてください。
写真・文/TETS OHNARI(アートサバイブログ)
チェコ共和国首都プラハに在住する彫刻家のTETS OHNARIを代表とするメンバーで構成。アーティストハウツーや東ヨーロッパの芸術文化情報などを発信中。
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