2025.1.29
【FUNART JOURNEY】ニューヨークの風物詩
8月も終わりに近づくと、だんだん秋の気配がしてきます。郊外に行くと、虫の音が聞こえ始め、ああ、今年の夏も、もう終わってしまった……と寂しい気持ちになります。が、これからの季節が一番好きという人がけっこう多いのです。それもそのはず、秋から冬にかけて、ハロウィーンがあり、感謝祭があり、やがてクリスマスへと続き、楽しい行事が目白押し。ニューヨークが一番ニューヨークらしくなるのもこの時期です。
長い夏休みが終わり、学校が始まるころ、街角は一気にハロウィーンめいてきます。家の前に立ちそびえる巨大な骸骨や、前庭にずらりと並んだ墓石、ドアにからまる蜘蛛の巣、庭木に留まる真っ黒なカラスなど、あちこちでハロウィーンにちなんだ飾りつけを見かけるようになります。
10月になると、巨大カボチャのコンテストがアメリカ各地で開かれます。重さが1トン級の巨大カボチャはザラです。ギネスの世界記録は、2023年、カリフォルニアの園芸の先生が育てた2749ポンド(1247キロ)。アメリカの野菜はナスでもキュウリでも何でもデカい! 日本から持ってきた種で育てた野菜は1年目は日本サイズだけれど、2年目から大きくなるという話を伝え聞いたことがありますが…
さて、10月末日のハロウィーン当日は、「Trick or Treat!」と言ってお菓子をねだりに来る子供たちのために、前もってキャンデーやチョコレートなどをたくさん用意しておかねばなりません。この時世、必ず大人がついて子供たちを見守っています。集合住宅の多いニューヨークでは、ドアマンがキャンデーをあげています。
それにしても、ハロウィーンに対する熱意は半端でない。大人も真剣です。この日は、大人も羽目を外せる日です。なにしろ、キノコでも、ニワトリでも、相撲取りでも、何にでもなれる日です。
魔女の格好をした2、30人の年配の女性が自転車に乗って駆け抜けていくのを見たことがあります。口笛と拍手でもって声援が送られていました。
水着姿の着ぐるみを着た女性がいて、写真を撮ろうとあとをつけたのですが、人混みに押されて見失い・・・
路上で話し合うニワトリたち。
今回のハロウィーンのナンバーワンは、ころころと駆けていく幼児の子豚です。ものすごくかわいかったです。
ニューヨークのハロウィーンの日(10月31日)の平均日中最高気温は15℃ですが、2024年は27℃にも上がりました。1869年に観測を始めて以来、最も気温が高かったということです。いつもは震えながら薄着の仮装をしている人も、今回ばかりはコートなしで平気です。
さて、ハロウィーンが過ぎると、次は感謝祭です。アメリカの感謝祭は、11月の第4木曜です。
大学時代に読んだ、確かスタインベックだったかが「アメリカ人は“ホーム”ということばを聞いただけで目に涙を浮かべる」と書いていたのが印象に残っています。感謝祭やクリスマスは、家族や親戚一同が集まって、ご馳走を取り囲み、団らんを楽しみます。スタッフィングを詰めた七面鳥のローストやクランベリーソース、甘く煮たサツマイモ、マッシュポテト、サヤインゲンのキャセロール、アップルパイ、パンプキンパイなどが典型の感謝祭のメニューです。ホストの負担を軽くするために、メーンの七面鳥やハムなどは主催者、あとは参加者が役割分担して持ち寄るのが一般的なパターンです。感謝祭ほか、イースター、独立記念日、クリスマスという集いの機会は、負担を減らすために持ち回りで主催します。
画家のノーマン・ロックウェルは、アメリカの古き良きノスタルジックな生活文化をリアルに描くことで知られていますが、その中の一つに「欠乏からの解放」という絵があります。七面鳥を囲む食卓風景で、感謝祭の団らんのひとコマをよく表わしています。3世代(もしかしたら4世代)が集まって久々の再会を楽しんでいる様子が伝わってきます。この絵の中で気づくことはありますか。感謝祭は、久々に家族のみなが集まる特別な日。この日のために上等の食器を取り出します。真っ白なテーブルクロスには、普段は使っていないことがわかる折り線がついています。ディーテールがとてもリアルです。
感謝祭には各地でパレードが開かれますが、最もよく知られているのがニューヨークで開かれるデパートのメイシーズ(Macy's)がスポンサーするパレードです。3時間かけてセントラル・パークからメイシーズのあるヘラルド・スクエアまで、巨大なスヌーピーやミニーマウスやピカチュウなどのバルーンやさまざまなフロートがねり歩きます。子供たちにとっては楽しいパレードで、親子連れが沿道に並びます。
が、前日のニュースで、「屋上には狙撃手が配置されるので、心配無用!」と言っているのを耳にしました。そんなことを聞くと、余計に心配になりませんか。しかも、今回は雨が予想され、傘とバックパックは禁止、ポンチョを使用するようにということだったので、家でテレビ中継を見ることにしました。
バルーンを扱うのは簡単なように見えて、なかなかコツが要ります。ハンドラーたちは、事前にトレーニングを受けます。こちらは2024年新登場のバルーンたち。「ドラゴンボール」のGoku(孫悟空)も見えます。
感謝祭当日、パリのオリンピックの開会式のようにかなり激しい雨が降りましたが、バルーンのハンドラーもシンガーもバンドもダンサーも雨などなんのその、みんな元気はつらつ。が、路上が濡れていたので、ダンサーの一人がすべってころんでいるところを目撃しました。
実は、このパレードにも長い歴史があるのです。
こちらは、1940年代の感謝祭のパレード。タイムズ・スクエアのように見受けられます。
2024年のパレードは98回目なので、もはや100年近くも続けられていることになります。感謝祭のパレードは、秋冬シーズンの風物詩となっています。子供のときにパレードを見た人は、大人になると、自分の子供を連れて見に行き、そしてその子供もまた自分の子供を連れて見に行く、ということを世代を通して繰り返しているのです。
メイシーズは、独立記念日の花火のスポンサーにもなっており、地元との結びつきで知られています。
さて、感謝祭が終わるや、あたりは一気にクリスマス・モードに突入します。
バス停にある広告画面も、クリスマスのギフト商戦に向け、宝石やデザイナーものの服やバッグなどの宣伝がよく見られます。
こちらはある高級ジュエリーショップのCMです。師走のガサガサした雑踏の中、優雅な感じが浮き立って見えました。なんだかこのスクリーンだけ違う時間が流れているようでした。こんなCMを見ていれば、零下の気温でも、バスがなかなか来ないことを心の中で望んでいます。
クリスマスを控え、あちこちでモミ、トウヒ、ヒノキ、マツなどのツリーが売られるようになります。アメリカにはクリスマス・ツリーを栽培する農場が1万5千近くあり、毎年、2500万から3000万本ものツリーが販売されるということです。
一般的な高さ(180センチから220センチ)の木を育てるには、平均7年もかかります。ただし、ニューヨークの街角で売られているツリーは、おそらくは住居が狭いせいで、少し低めのものが多いようです。
クリスマス・ツリーというクリスマス・ツリーの中で最も有名なものは、ロックフェラーセンターに飾られるツリーでしょう。今年のツリーは、マサチューセッツ州ウエスト・ストックブリッジの高さ23メートル、重さ11トンのスプルース(トウヒ)が選ばれ、5万個以上の色とりどりのLED電球で飾られました。これだけ大きいツリーなので、足場を組んで飾り付けるのに数週間かかります。
ツリーの頂点を飾るのは、300万個のクリスタルと70個のスパイクでデザインされた、重さ400キロもある巨大なスワロフスキーの星です。
何百万という人がこのクリスマス・ツリーを見にロックフェラー・センターにやって来ます。クリスマスが近づくと、人の波に押されてなかなか前に進むこともできなくなります。
そして、この最も有名なクリスマス・ツリーの下では、最も有名なアイススケート・リンクがオープンします。セントラル・パークや市内の公園のあちこちにもスケート・リンクが設けられます。
クリスマスにつきものなのが、ジンジャーブレッド・ハウス。ジンジャーブレッド・クッキーをアイシングなどでくっつけて作ります。
ニューヨーク市博物館では、マンハッタン、ブルックリン、クィーンズ、ブロンクス、スタッテン・アイランドの5つの行政区からペストリー・シェフを招いて、それぞれの地区を象徴する建物や場所をテーマにジンジャーブレッド・ハウスの制作を依頼しました。
おそらくマンハッタンで最も有名な住居ビルの一つ、ダコタ・アパート。ジョン・レノンが暗殺されたのは、アーチ形の玄関前です。とても精巧に作られており、アーチ型の玄関をのぞくと、奥にクリスマス・ツリーが見えました。どのピースもすべて食べられるお菓子でできています。
こちらは、ブルックリンのプロスペクト・パークの湖畔にあるボートハウス。120年前に建てられた優雅な歴史的建築物で、披露宴やパーティなどが開かれています。
写真を撮っていると、制作者のイルマさんに話しかけられました。作るのにどれだけ時間がかかったか尋ねると、「長い長い時間」という答えが。長い時間というのは、まあ、聞く前から予想していたのですが。
イルマさんはウエディング・ケーキ専門のペストリー・シェフです。少し会話を続けると、いきなり「展示が終わったら、あげるわよ」と言われ、えっと思いましたが、食べ尽くすには来年のクリスマスまでかかりそうだし、血糖値も急上昇しそうです。辞退しましたが、これらジンジャーブレッド・ハウスの展示後の行方はいったいどうなるのでしょう。
コニーアイランドにある観覧車。見ている方は楽しいのですが、作る方は真剣勝負。労力と時間、技術的スキルととんでもない根気が要ります。
さて、クリスマスに向け、いろいろな場所でホリデー・マーケットが開催されます。ブライアント・パークでも、恒例のウィンタービレッジが仮設され、軽食、飲み物、工芸品、宝石、衣服、アクセサリーなどを販売する小さいショップが並びます。一番長い列ができていたのは、ほかでもない、ホットチョコレートのお店です。
ここにも冬の間、屋外スケート・リンクができます。「毎朝、仕事前にスケートしてすっきりしてから会社に向かう」と言う人がいましたが、タイムズ・スクエアに近いマンハッタン中心地にあるという場所がら、それも可能です。ここは大手銀行がスポンサーになっていて無料です。(ただし、スケート靴をレンタルする場合は費用がかかります)
ほかにも、コロンバス・スクエアやグランド・セントラル駅構内、ユニオン・スクエアなどでもホリデー・マーケットが開催され、クリスマスのショッピング客で大にぎわいします。
クリスマス前には救世軍の募金が始まります。2023年のブライアント・パークの前では、クリスマス・ソングにのって楽しそうに踊っているおじさんがいたので、今回も探したのですが、残念ながら見かけませんでした。そこで、これは1年前のビデオクリップです。見ている方も楽しいですが、踊っているおじさんもすごく楽しそうです。
右手に見えるのは、自転車でNY案内をするガイドたち。クリスマス・シーズン中、マライア・キャリーやワム!のクリスマス・ソングを大音量でかけて車の間を駆け抜けていくのを見かけます。
さて、クリスマスのキーワードは贈り物。1年でもっとも購買の多いのがクリスマス・シーズンです。そこでお店は技巧を凝らしてショーウィンドウを飾り立て、購買力をさらに煽ります。
こちらは、はたまたメイシーズ。
メイシーズのホリデー・ウィンドウは、1874年以来、毎年恒例で、2024年には150年目に突入しました。クリスマスのウィンドウ・ディスプレイを初めて導入したデパートも、メイシーズだそうです。
2024年のホリデー・ウィンドウの総括テーマは 「Give Love(愛を贈る)」。どのウィンドウも鮮やかな赤一色で目もくらみそうです。
ウィンドウは、それぞれ「愛を贈る(Give Love)」「喜びを贈る(Give Joy)」「温もりを贈る(Give Warmth)」「驚きを贈る(Give Surprise)」「Give Wonder(不思議を贈る)」というテーマに沿って機械仕掛けのドラマが展開されます。
こちらは「愛を贈る」がテーマのウィンドウ。
ひょっとしたら、最もクリスマスの雰囲気を楽しめるのは、デパートのショーウィンドウかもしれません。
さて、五番街に移ってみましょう。五番街には老舗デパートや有名ブランドのフラッグシップ・ショップがずらりと並んでいるので、たくさんの人たちが、そのショーウィンドウを見にやって訪れます。NYのクリスマスの醍醐味です。
こちらは、COACHのショーウィンドウ。商品のバッグがクリスマスの飾りといっしょにくるくると回転しています。
「トランプ・タワー」では、時々トランプのお面を被ったフェイク・トランプが現れて、通行人を楽しませてくれます。
こちらはカルティエのビル。まばゆいばかりの光のショーが行われています。
老舗デパートの「サックス・フィフスアベニュー」フラッグシップ店は、2024年に100周年を迎えました。いつもなら、目を見張るような鮮やかな光のショーが見れるのですが、今回は中止、じっくりと昔ながらのエレガントなライトアップでクリスマス・シーズンを迎えます。
2023年のサックス・フィフスアベニューのショーウィンドウで申し訳ないのですが、このミニ・ロックフェラーセンターのまるでドールハウスのようなディスプレイが忘れられません。中心には、「ティファニーで朝食を」のオードリー・ヘップバーンがいて、スケーターやダンサーがくるくると動き、プレゼントを乗せたソリも走り回っていました。
それでは、次はティファニーのショーウィンドウに……
ティファニーでは、どのショーウィンドウにも、クリスタルの小鳥たちが緩やかな動きで舞っていました。導線などどこにも見当たらないし、どうやって動かしているのかは謎です。
雪に覆われた冬のワンダーランドで、フランス人ジュエリー・アーチスト、ジャン・ミッシェル・シュランバージェがデザインしたブローチ、“Bird on a Rock(岩の上の鳥)”を思わせる鳥たちが集っています。ティファニーらしい上品でファンタジーにあふれたウィンドウです。
さて、こちらは、ルイ・ヴィトンのフラッグシップ店です。多くの人がこれはクリスマスの飾りつけだと思ったのですが、実は、ヴィトンのNY本店が数年かけて改築されることになり、その間、ビル全体をトランクに仕立てて覆ってしまうことにしたのです。仮店舗は、少し離れた57丁目にオープン。
このルイ・ヴィトンのビルは、五番街の中でも最も目を引き、大勢の観衆に囲まれていました。
金具はすべて本物そっくりに作られ、最も大きいハンドルは重さ5000ポンド、約2300キロもするそうです。表面は、あのざらっとした触感まで感じさせるリアルさです。ここにはさまざまな映像が映し出されます。
2024年に誕生200年を迎えた五番街は、これから大変身することになります。
市は、セントラル・パークからブライアント・パークにかけての五番街を歩行者中心の大通りに変える計画を発表しました。
現在の5車線を3車線に減らして歩道を広げる計画です。
並木を増やして木陰を作り、ところどころに一休みできるベンチが置かれます。楽しみです。
さて、アメリカの新年が始まるタイムズ・スクエアは・・・
やはりクリスマス・シーズンは、電光掲示板もクリスマスらしくなります。
けれどタイムズ・スクエアの檜舞台は、やっぱり大みそかから新年にかけてでしょう。ここでのボール・ドロップは、アメリカ中に知られた新年の幕開けで、その様子は全国に生中継されます。
ボールは、1Times Square(上の写真の中央にある細長いビル)のルーフトップに設置されます。
このボール・ドロップを見るために、およそ2万平方メートルの場所に100万以上もの人が詰めかけるのですが、よい場所を確保するには、早いうちに行って待機しなければなりません。イベントが始まるのは午後6時。カウントダウンが始まるのは、新年の始まる1分前。
午前0時になると、ボールが落とされ、同時に花火が打ち上げられ、1.5トン分の紙吹雪が舞うのです。
ボール・ドロップは1907年に始まりました。戦争中の1942年と1943年は中止されましたが、それでも、多くの人が集まって新しい年の始まりを祝ったそうです。日本の粛々としたお正月とは程遠い、にぎやかで華々しい年明けです。
こちらは、願いごとの壁(Wishing Wall)。色紙に願いごとを書いて壁に貼り付けておけば、
細断され、新年を祝うカウントダウンの際の紙吹雪になります。
願いごとを書くために長い列ができています。
ちなみに、万華鏡のような現在のタイムズ・スクエアのボールは、歴代6代目。1600万以上の鮮やかな色彩と何十億というパターンを表示することができるのだそうです。アメリカの新年の象徴的イベントが、このボール・ドロップです。
実は、なぜボールが上げられるのでなく、落とされるのかと、かねがね不思議に思っていたのですが、やっとわかりました。「タイムボール」を投下するという伝統は19世紀初頭にさかのぼり、それは、船乗りに正確な時刻を知らせるために使われてきたということだったのです。最も古く、最も有名なタイムボールは、1833年にイギリスのグリニッジ王立天文台の頂上に設置されたもので、毎日午後1時ちょうどにボールを落とし、近くのテムズ川を行き交う船が時計を正確に合わせられるようにしたのだそうです。
さて、タイムズ・スクエアのショーは、元旦午前0時15分に終了、すぐに清掃活動が始まり、300人が50トン以上のゴミを撤去。
新年が始まって1週間ほどたつと、道の脇に捨てられているクリスマス・ツリーの山を見かけるようになります。次に訪れる一大イベントが2月9日に行われるスーパーボウル。いつもは車の往来が激しいところでも、この日ばかりはひっそりします。みなテレビにくぎ付けになっているからです。
赤一色になる2月14日のバレンタイン・デーや、緑一色になる3月17日のセント・パトリック祭を経て巡ってくるのがイースター。年によって日が変わりますが、2025年は4月20日です。学生たちが帰省できるよう、学校の春休みがイースターに重なるように組まれます。クリスマス同様、家族で祝うひとときです。
そして、待ちに待った夏休みが5月末から6月初頭にかけて始まり、やがて7月4日の独立記念日へとつながります。
ボール・ドロップと1.5トンの紙吹雪で口火が切り落とされた2025年。いったいどんな1年が待っているのでしょうか。
撮影・文/桐江キミコ