2023.2.9
【FUN ART LOVERS】Vol.23 atsumi
じっくりゆっくり納得できるまで考えることが、ものづくりに余白を生む
刺繍作家として活躍するatsumiさん。幼少期に 絵を描く楽しさを知り、長く続けられる表現を 模索していく中で刺繍に出会いました。 今回はatsumiさんが作家として活動をはじめたきっかけや「じっくり時間をかけてつくりあげる」刺繍の魅力について伺いました。
ペンで描く絵よりも刺繍した絵にしっくり来た瞬間
ーーお母様が洋裁をしていたとお聞きしましたが、ものづくりに対してはどのタイミングで興味を持ったのでしょうか?
小さい頃から絵を描いたり、なにか作ったりすることが好きでした。親や周りの人たちが褒めてくれて、「得意である」と思わせてくれた影響が大きいかもしれません。割と早い段階で美大への興味もでてきたと思います。母親の影響という意味では、美術館に連れて行ってくれたり、一緒に洋裁や編み物、料理や籐かごづくりをしたり……ものづくりに触れる機会が多くありました。
ーー子どもの頃からいろいろなものづくりを体験する機会があったのですね。その中でも刺繍でいこう、と決めた理由はありますか?
高校卒業後に美大に入学したのですが、美大生は課題を発表する際にプレゼンボードと呼ばれる作品発表用のボードをつくることがあり、その付属として記入する番号や記号を 刺繍するようになったのがはじまりです。作品よりもその付属を褒められることもありました。刺繍が絵の具やペンと同じようなツールのひとつとして自然に溶け込んでいったのは、幼い頃からいろいろな表現に触れていたからだと思います。
もともとグラフィックデザイナーを目指していたのですが、美大の中ではそこまで絵がうまい方ではなく、途中で「わたしがやらなくてもいいかも」と思ってしまったんです。デザインするのは、わたしより上手な人がたくさんいるな……って。
大学を卒業して、自分だからできる仕事をしたいと模索する中で、ペンで描くよりも刺繍した自分の絵の方がしっくりくることに気づいたんです。絵を描くことは得意ではないけれど好き。それを自分なりの形に昇華できればいいのだと。その後、大学職員などいくつかの仕事を経て、刺繍作家として活動していくと決めました。
ーー絵を表現する方法として刺繍があるんですね。
刺繍って良くも悪くもじっくり考えながら進めていくもので、私自身じっくり考えて納得したら前に進もう、という性格なので、刺繍のスピード感やアイデアを考えてから完成までの時間の過ごし方が自分にあっていたことも、続けてこられた理由かもしれません。
刺繍は昼に、考え事は夜に
ーー刺繍をつくるのにどれくらいの時間がかかるのでしょうか。
まず図案を作るのにかなりの時間がかかります。もちろん早く描ける人もいると思いますが、わたしはそうではないので。ただ、苦痛というわけではなく、むしろとても楽しい時間です。図案ができて「これ刺繍になったらぜったいかわいいな」と自分だけが知っている瞬間はとてもわくわくします。完成を1番楽しみにしているのは自分なので。
ーー図案はどんな手順で作っていくのでしょうか?
クライアントがいるときは、まず何を求められているのかを考えます。いくつか頭の中で思いついた案が間違った表現になっていないか、またクライアントが紹介したい商品の詳細やつくりたいイメージに関する資料を探す時間も。その後図案を手描き していきますが、 常にいくつかの仕事を並行しているので、別の作品の刺繍作業中も「これは次の図案に活かせそうだな」と考えたり、メモしたりしています。本番用の下絵を描く前に、スケッチブックにラフアイデアを手描きすることもあります。いつも何かしら考えながら手を動かしていますね。
ーー図案づくりから実際に刺繍をしていくまでの工程で気をつけていることや意識していることはありますか?
刺繍はなるべく明るい時間に(自然光の下で)しています。刺繍糸って、微妙に色の違う糸がたくさんあるので夜だと色の違いがわかりづらい。蛍光灯の下で作業していても、朝起きてみると思っていたのと違う、ということもあります。昼は刺繍、夜は資料探しや下書きをする時間と使い分けています。夜に刺繍をして朝失敗していたことに気がつく、ということを何度か繰り返してこの形に定着しました。
ーー試行錯誤を重ねていったのですね。図案を作り始めてから完成に至るまで、どの工程が好きですか?
先ほどもお話しましたが、図案が決まって「これを刺繍したら絶対かわいい」と思えるところが最初のピーク。そして刺繍が終わる直前にまたピークが来ます。「もう少しで完成だ、できあがったらかわいいぞ」と。完成したらもちろん嬉しいですが、冷静になります。「よしよしよく頑張ったぞ」って俯瞰しているんです。
ーー作るのが好きなテーマやモチーフはありますか?
なにか具体的な絵というよりは文字や紋章などのあしらいの方が好きですね。実はタイポグラフィデザイナー(文字や文字の配列をデザインする)に憧れた時期もあります。母が手書きでPOPをつくる仕事をしていたことがあり、デザインされた文字を見る機会が多かったことも影響しているかもしれません。看板の写真を撮ったり英字新聞やフォントがユニークなマッチ箱を集めたりもしています。
きちんと残っていた手仕事に、勇気づけられた
ーー刺繍を作る際に参考にしているものや、インスピレーションを受けるものはありますか?
なんでも参考にしています。歩いているときもよくきょろきょろしていることが多いです。友達と旅行中も急に葉っぱを拾いだして、「(話を)聞いている?」と言われることも多いです(笑)。
海外に行くと街全体を参考資料として隅々まで見てしまうし、映画もストーリーよりセットや背景に気を取られることが多いです。電車に乗っているときもネクタイの柄やワンピースの柄が気になることが多いです。何か特別なことをしているというよりは、すべて刺激になっています。
ーー海外の風景や表現が好きなのでしょうか。
そうですね。印象に残っているのは、3ヶ月ほどかけて電車でヨーロッパを旅行したことです。ちょうど職員として働いていた大学を退職した直後でした。当時も友人たちと一緒に個展をしたり、作品作りをしたりはしていましたが、まだまだ仕事として一本で行こうという感じではなく。いい加減これからのことを考えなければ……というタイミングでの旅行でした。ヨーロッパはいわゆる「手仕事」がまだまだたくさん残っています。
ーーその旅行で受けた影響について教えてください。
クラフトフェアに行くなど、ものづくりの現場を意識的に見ながら旅行したのはそれが初めてで、刺繍やレース、ニットなどの手仕事がきちんと良い形で残っていることを実際に見ることができました。日本だとなぜか「手芸=趣味でやるもの」という見られ方をしてしまうことが多いですが、海外だと手芸でもアートでもなく「自然に根付いているもの」として存在しています。それを目の当たりにしたことで自分も刺繍を生業としていこう、きっと大丈夫だ、と思えました。
自分なりに作品の意味を解釈できる
余白を大切に
ーーこれからどんな作品を作っていきたい、またどんな表現に挑戦したいですか?
刺繍についてはまだまだ無限にできることがあると思いますが、いつもひとりなので、自分以外の誰かを巻き込んだものづくりに挑戦してみたいです。ひとりではできないことを、ぜんぜん違う分野の方と挑戦してみたいですね。
ーー刺繍の面白さや魅力はどういうところにあるのでしょうか?
刺繍って世界中にあるんです、昔から。旅行先の手芸店を覗くのも、博物館ではるか昔の表現に触れるのも楽しい。あとは刺繍って心を無にして作業することができます。何かショックなことや悲しいことがあったときに、無になって作業できる刺繍に救われたと話している方がいて、私自身も共感しました。30分でも1時間でも無心で作業していると、いつの間にか頭の中が整理されていきます。
刺繍に限らず、ものづくりを通して自分と静かに向き合う時間をつくることは、忙しいわたしたちにとって大切なことだと思います。
ーー無心でいられる時間を作ることができるのは貴重ですね。atsumiさんにとって「FUN ART」とはなんでしょうか。
「ものづくり」においていえば「余白」を生み出すことを大切にしています。作るのは得意ではなくても アートやものづくりを見るのは好きな人の視点を大切にしています。見た人が想像したり、作品の意味を自分なりに考える余地のあるものをつくり続けたいと考えています。
ーーご自身が美術館などで作品に触れるときにも余白が感じられるものに魅力を感じるのでしょうか?
そうですね、見るのも、つくるのも説明しすぎないものが好きです。
ーー作品の受け手を大切にされているのですね。最後に、これから何かものづくりをはじめたいと考えている読者に メッセージをお願いします。
小さなことからはじめてみると良いと思います。
刺繍なら、慌てて大層な作品を完成させるよりも、ワンピースにちょこっとステッチを入れてみたり、シミが付いた部分にモチーフを入れてみたり、それが意外とかわいい、楽しいと思えたらまた挑戦したくなると思います。
毎日するわけではないけれど、小さなものづくりが暮らしの中にある、そんな具合でいいのではないでしょうか。
Profile
atsumi
多摩美術大学卒業後、アパレルメーカー、同大学に勤務ののち刺繍作家としての活動をはじめる。
刺繍をベースとした作品づくりで個展を開催するほか、異素材を扱う作家・企業とのコラボレーションワークやアニメーションへの素材提供・装画制作・ワークショップなどの活動をしている。
HP: www.itosigoto.com
Instagram: https://www.instagram.com/itosigoto/
Writer/松原貴子(spicebox inc.,)
Photo/北原 優