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【FUNART JOURNEY】ベトナム都市部の屋台文化とデザイン

アーティスト・プロフィール

ノモトアカネ(トンボ編集室)

旅する感覚でアートを楽しむ“FUNART JOURNEY”
海外の日常にあるアートの楽しみ方などを現地からのレポートでお届けします。
今回はトンボ鉛筆の生産拠点の一つであるベトナムから【ベトナム都市部の屋台文化とデザイン】をテーマにベトナム,ホーチミン市在住のノモトアカネが旅人と住人の視点でお伝えします。

 


 

日本はすっかり秋の空気でしょうか。
夏の暑くて湿気のある空気に変わって、冷たく澄んだ風が頭の中の靄までさらってくれるような、考えや気持ちがシャキッと冴えるような気がして、日本の秋はとても好きです。もちろん、秋の美味しい食べ物も!

 
こちら常夏のホーチミン市では秋を感じることはできませんが、一年を通して魅力的な食べ物で溢れています。
今回は、ベトナム第一の都市ホーチミンに暮らす人々の“普段の食事”に欠かせない「屋台」をとりまくお話です。
ベトナムらしいデザインが溢れている、看板や道具、ディスプレイを、食べ物と共にご紹介します!
 
ホーチミンからお届けする食欲の秋に芸術の秋、ぜひどちらも楽しんでください。

 

 

●ベトナム都市部の屋台文化〜なぜ屋台が多いのか

 

独自の外食・中食文化の発展

 
ベトナムで暮らす人が食事をとる手段には、市場やスーパーで買った食材を使って家庭で調理する以外に、レストランや食堂、公設市場、また、固定場所の有無に関わらず路上で食品の調理や販売をする“クアン・レー・ドゥン”(歩道のお店、の意味)と呼ばれる露店、すなわち屋台があります。
近年、ホーチミンなどの大都市では、オンラインでこれらのお店からデリバリーの注文ができるサービスも普及しています。家で調理することもありますが、同じかそれ以上に外食や中食を利用する人が多いのです。
日本でも外食したりお惣菜をテイクアウトしたり、デリバリーサービスを利用するのは日常的に一般的なことですが、同じようにデリバリー文化が発展しているベトナム都市部において日本と大きく異なるのは、現在も外食・中食産業の中の主要な一形態として「歩道のお店」である屋台が人々の暮らしの中に存在しているということです。

 

 

屋台文化を発展させてきた3つのキーワード

 
キーワード1 )都市部のライフスタイルと屋台の利便性
 

ベトナムといえば道路を敷き詰めるほどのバイクが印象的な、言わずと知れたバイク大国。ホーチミンでは今も人々の主な交通手段はバイクです。
仕事や学校のために朝早くに家を出る人々にとって、通勤通学の途中の道路沿いに立ち並ぶ屋台は何よりも便利です。バイクに跨ったままテイクアウトすることも、降りてその場で朝ごはんを食べることもできます。歩道に並べられた低いプラスチック椅子やテーブルにつくとあっという間に料理が出てきて、さっと食べ終わるとまたすぐにバイクへ。早朝からやっていて客の回転も早く、またバイクで走りながらも一目で混雑の具合が分かるので、慌ただしい朝でも時間を節約して食事を摂ることができます。
 

 
 

 
午前中の仕事や授業を終えたら、束の間の昼休憩。建設現場やオフィス、学校の前には屋台が集まり、出てきた人たちは屋台で食事をしたり、買ったおやつや飲み物を片手に仕事仲間とお喋りをしたり、各々が休息をとります。
朝や昼にはコーヒーを愉しむ人たちの姿も多く見られます。ベトナム語では、歩道に並べられた小さな椅子について屈んでコーヒーを飲む姿をヒキガエルに見立てて、“カフェ・コック“(ヒキガエルコーヒー)と呼ぶ言葉があります。コーヒーが大好きなベトナムの文化をよく表したユニークで微笑ましい言葉ですね。

 
さらに時間が経って夕方になると、道路は再び家路につく人々のバイクでごった返します。学校終わりの学生たちがおやつを買ったり、仕事終わりの大人たちは夕食のお惣菜をテイクアウトしたりして家路を急ぎます。
 
共働きの家庭や学生が多い都市で忙しなく活発に生きる人たちにとって、スピード感のあるサービスを提供できる屋台は重宝されるのです。

 
 
キーワード2 )ハイレベルな味と価格
 

早くて便利なこと以上に重要なことといえば、やはり美味しさと安さは無視できません。
屋台での食事提供は、レストランや食堂など他の飲食店に比べて小規模で場所や設備にかける費用も安く抑えられるため、時にレストランにも劣らない味をより安価に愉しむことができます。これは労働者や学生などにとって日々の食費を抑えるための重要な選択肢になっていると思われます。
 
都市開発が著しいホーチミンではマンションの建設や道路、地下鉄などの工事が盛んに行われており、また大学や専門学校も集まっています。このような場所の前には決まってたくさんの屋台が軒を連ねています。

 
 
キーワード3 )商売としての自由さ

 
費用対効果の高いビジネスとしての地位を築いている屋台。出店販売に事業登録や許可証が必要なく、法律や政令で禁止された商品や場所以外であれば誰でも売買することができます。飲食店の店先に限らず、可動式の屋台であれば幹線道路沿い歩道や路地の中など、どこへでも行って売ることができます。その自由さと、他の飲食業よりも低コストで始められることから農村部から都市部へ商売をしに来る人も多いといいます。
一方で自治体などによって公式に許可された飲食店や常設市場と異なり、露天商の一形態である屋台には「非公式な」ものも含まれます。この無秩序な状況によって、食品衛生や環境汚染、交通渋滞などの問題が指摘されることもあります。

 
無秩序で自由な食産業である屋台は、今まさに過渡期である発展途上国の食文化を色濃く映し出しています。同時に、買い手のニーズだけでなく売り手のニーズも満たすことで双方の暮らしを支えているのもまた現在のベトナムの屋台なのです。

 

個人の自由な商売だからこそ、自身の魅力的な商品が多くのお客さんに選ばれるためにそれぞれの屋台が独創的な工夫を凝らしています。ここからは実際に屋台のデザインに着目して商売の工夫を観察してみましょう!

 

 

●いろいろ屋台とデザイン〜商売を支える道具たち〜

 


注)もしベトナム旅行の際に屋台で食べ物を買うときは ①回転の良い午前中から昼までに、 ②食材や調理環境が衛生的な屋台で、 ③しっかり加熱調理される料理を選んで買うこと を強くおすすめします!

 
 
■主食:麺
~カラフルでシンプルな看板と、屋台らしい道具たち~

 

 

ベトナムには見た目や食感が異なる様々な麺があります。日本人にとって聞き馴染みのあるフォー麺以外に、素麺のような見た目の米粉でできたブン麺や、タピオカ粉と米粉でできた歯応えともちもち感のあるバイン・カイン麺など。それらの麺に加える材料や調理方法によってさらに名前が付いていて、それぞれの麺料理の味の違いを感じて楽しむことができます。肉や野菜のうまみがしっかり効いた優しい味わいのスープ麺は、早朝に屋台で食べてから仕事に向かう人も多く、朝食として人気のメニューです。

 
どこの屋台もだいたい決まった1〜2品の麺を提供しています。写真の屋台では、バイン・カイン・チャー・カー(魚のすり身揚げが載ったバイン・カイン麺)などの2種類の麺料理と、2種類のバインミー(ベトナム版サンドイッチ)を提供しています。メニュー表などはありません。道路側に目立つように設置された立て看板は料理名とその写真のみが載ったシンプルで分かりやすく、カラフルな配色で目に留まるデザインです。

 
屋台飲食ではお馴染みの赤いプラスチック製の低いテーブルと椅子について注文すると、道に並べたテーブルの上にスープの入った鍋や、具材や薬味が入ったショーケース、食器、調味料などを載せた即席の小さなキッチンに立ったお母さんが慣れた手つきで素早く調理してくれます。ステンレス鍋に、黄色のプラスチック皿。屋台の道具には持ち運びやすさや手入れのしやすさなどを重視して軽くて割れにくい、また汚れ・錆びにくい素材のものが多く選ばれていることに気が付きます。

 
親しい人だけでなく居合わせた隣の席のお客さんとも言葉を交わしながら、朝の爽やかな時間帯に美味しい麺料理を食べられるなんて素敵な日常体験ですよね。

 
 
■惣菜:おこわ
~目をひく色! のおこわと、店主の仕事着~
 

 
もくもくと湯気が立つ大鍋にこんもりと盛られたもち米は色鮮やかで大迫力。“Xôi ソイ”という朝食などによく食べられる種類豊富なベトナムのおこわです。着色はそれぞれシソや緑豆、落花生、パンダンリーフ、ナンバンカラスウリといったベトナムでとれる植物由来のものです。ごま塩落花生を振りかけて塩味の効いたおかずとして食べるか、ココナッツミルクをかけて甘いデザートのようにしていただきます。

 
屋台は手押し式の台車。折り畳み式の雨除けが付いていて、突然の雨が多いベトナムでの屋外商売に便利な仕様になっています。看板には「ソイ しょっぱい 甘い」「注文承ります」の大きな文字と、その横には決済用のQRコードが。屋台での支払い方法も時代に合わせて進化しているのですね。
店主のお姉さんの派手が身にまとうパジャマ風?セットアップの装いも、なんともベトナムらしい!“ドーボ”と呼ばれるバリエーション豊富なこのセットアップの服は、薄手で伸縮性のある生地のため寝巻きとしてだけでなく路上や市場など高温多湿な屋外での仕事着として多くの女性に重宝されているんだそうです。

 
 
■おやつ:揚げスイーツ
~ショーケースに並ぶ魅惑のスイーツ~
 

 
揚げ物スイーツは、お茶請けや小腹が空いた時の間食として人気な屋台グルメの一つです。
バイクで牽引できる程のコンパクトな台車の上にはショーケースの他に衣をつけるボールや、揚げ物鍋、油切りザルといったステンレス製の大きな調理器具が埋め尽くします。こちらの屋台では、商品名と値段が書かれた紙が張り出されているだけで目立つ看板などは見当たりませんが、それがなくとも透明のショーケースにこんがり狐色に揚がったスイーツたちが並んでいる様子にはつい引き寄せられます。

 
バイン・チュオイ・チエン(揚げバナナケーキ)はサクサクの衣、しっとりした生地にバナナの甘酸っぱさがしっかり感じられて、甘すぎないイチオシ揚げ物グルメです。一つでしっかりボリュームがありますがお値段はたったの35円ほど。

 
バイン・カム(ごま団子)は、ドーナツ生地の丸いごま団子。3つで約60円。揚げた皮は小麦粉とうるち米を混ぜた生地で、外はサクッと中はもちっとした食感です。中には緑豆をすり潰した餡が練り込まれています。表面に塗されたごまの風味も良い。「カム」は果物のオレンジの意味で、形が似ていることからついたそうです。日本では小豆餡が入ったごま団子が馴染みがありますが、ベトナムの緑豆餡バージョンも大変美味しいです。

 
その他に揚げ物定番のお芋もありますが、さつまいもだけでなく、少し珍しい食材も。紫ヤムイモは高温多湿なベトナム南部で多く栽培され、栄養価が高く鮮やかな紫色が目を惹きます。生地はヤムイモ由来の綺麗な紫色で、もちっとして香りも良いです。お好みでかけてくれたパルメザンチーズの塩味がよく合いました。
ヤムイモ揚げ屋さんの屋台はシンプルな調理台でショーケースはありませんが、ヤムイモに合わせた紫色ベースの看板のあちこちに大きく目立つ白い文字で商品名と、美味しそうな写真があって分かりやすいですね。

 
 
■飲み物:サトウキビジュース
~搾りかすが目印の無骨なジューススタンド~
 

人気なのは食べ物の屋台だけではありません。
船舵のような大きなハンドレバーにステンレス製の骨組みと無骨なデザインがかっこいい、こちらの屋台。自動圧搾機に屋根や車輪が付いた屋台になっていて、搾りたての100%サトウキビジュースを販売しています。ベトナムではお馴染みのスタンド式の屋台です。サトウキビといっても単に甘いだけではありません。柑橘を絞ったサトウキビジュースは、自然の甘さと程よい酸味で、体に溜まった熱と疲れを一気に癒してくれます。一杯2万ドン(約118円)。

 
看板には「Nước mía(サトウキビジュース)」の文字以外に「Nước ép(果汁ジュース)」「Giải khát(清涼飲料水)」「Sinh tố(スムージー)」と、常夏の国において魅力的な言葉が並びます。何よりも目に入ってくるのは、大胆に積み上げられたサトウキビの搾りかすの山。大体どこのサトウキビジュース屋台でも、道路側に目立つように搾りかすが積み上げられていて、遠目でもすぐにサトウキビジュースが売っていることが分かります。意図してかは分かりませんが、もしかすると看板よりも有効な客引き効果があるかもしれません。
 

 
 

●さいごに

 

ベトナムの都市で生きる人たちのためにある屋台の「いま」を、ほんの断片的ですがお届けしました。
ベトナム屋台は利便性が高くスピード感のあるサービス提供で、都市部に暮らす人々のライフスタイルに適した食産業の形としてその地位を築いています。安価で美味しく、種類も豊富な屋台は、学生や働く人に毎日の楽しい食事を提供するだけでなく、商売としても多くの人が携わっており、その手軽さと自由さによって買い手と売り手双方の暮らしを支えています。
食材や調理器具を積み込んだショーケースやキッチンを備えた移動式の台車に、扱いやすいプラスチック製の小さな椅子。バイクで走りながら遠くからでも何を売っているのかがすぐに分かるような看板や商品の見せ方、時代に合わせた決済方法など・・・ベトナム屋台の周りには、移動しながら屋外で調理販売をしたり、客を引き寄せ、手軽に買ったり食べたりするためのモノやデザインが溢れていました。
商売の方法を個人の裁量で決めたり挑戦ができたりするからこそ、多様性や独創性に富んでおり、それがベトナム屋台が多くの人に愛されて活気溢れる理由だと感じました。

 

是非、ホーチミンにお越しの際は、「屋台」を体験してみてくださいね。

 

 

 
※メニューや料金、お店の情報などは、2024年10月時点のものです。
 


撮影・文/ノモトアカネ(トンボ編集室)

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