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【FUN ART LOVERS】Vol.16 五月女ケイ子
言葉にできない状況や感情を一瞬で伝えられる「絵」を描きたい。

「レトロシュール」と評される唯一無二の作風で、誰の心にも残るイラストを生み出し続ける、イラストレーターの五月女ケイ子さん。20年以上にわたって第一線で活躍する秘訣は、作品の狙いを的確にとらえる「緻密さ」と、アナログならではの絶妙な「ゆるさ」にあり…!? プロとしてのこだわりと、クリエーターとしてのFun Artな一面について、語っていただきました。

 


 

――いきなりすみません、五月女さんのLINEスタンプ、使いやすいですよね!

 

五月女ケイ子さん「えっ。あ、はい、ありがとうございます。そうなんです、意外に使いやすいと好評で。タイや台湾、イタリアでもダウンロードしていただいているみたい」

 

 

――五月女さんのスタンプを使っている人は、ジョークが通じる人なんだろうなって思っちゃいます。

 

五月女ケイ子さん「それは嬉しいです(笑)。『笑い』は私の中で、最も大切にしているものの一つです。笑いっていろいろな垣根を超えられるし、すごく人の心を動かすでしょう? 昔から笑いをつくる人を尊敬していて、自分がつくるなんておこがましいとも思っているくらいですが、笑わせたい、笑ってもらいたいという気持ちはいつも持っています」

 

LINEスタンプ『帰ってきた五月女ケイ子ごあいさつスタンプ』より

 

 

――五月女さんの「笑い」の原点は、どこにあるのでしょうか?

 

五月女ケイ子さん「これがですね。私、お笑いNGの家で育ったんです。私の世代だったらほぼみんなが見ているはずのドリフも禁止されていて、笑いからは遠いところに生きていた感覚があります」

 

 

――お笑い禁止! 厳しいご家庭だったのですね。

 

五月女ケイ子さん「そのかわり、芸術には寛容でした。私はすごく没頭しちゃうタイプで、ピアノ教室や合唱団でも、全身を動かして弾いたり歌ったりと『表現』の世界に入り込んじゃう子だったんです。その延長で、大学は芸術学科に進み、映画研究部というものに入り…。サブカルチャーどっぷりの濃い仲間ができて、コントライブなるものも初めて見に行きました。シティボーイズさんとか、本当に面白くて。笑いをつくるって、なんてすごいことなんだろうと感動しました」

 

 

――大学では映画学を専攻されていたとか。絵ではなかったのですね。

 

五月女ケイ子さん「大学は座学中心で実技があまりなかったため、絵を描くといったら映画研究会の看板を描くとか、自主製作の雑誌にイラストを描くくらい。でも、将来を考える段階になって、私は何がやりたいんだろうと思ったら、やっぱり絵以外ないな、と。絵はずっと好きで、小さい頃の夢は漫画家でした。同じ顔を何コマも描けなくて早々に断念しましたけど(笑)」

 

 

 

――大学を卒業してすぐに、雑誌『Hanako』でイラストレーターとしてデビューされました。大学生から即フリーランスということですよね。

 

五月女ケイ子さん「私たちの時代は就職氷河期で、まわりは就職活動で苦労していました。私は絵を仕事にしたかったので、就職活動のかわりに1日1枚以上絵を描いて、ポートフォリオをまとめました。それをあちこちに送ったり見てもらったりしているうちに、Hanakoさんが仕事を依頼してくださったんです」

 

 

――当時から現在の画風だったのですか?

 

五月女ケイ子さん「いえいえ。あわ~い色の水彩マーカーでふ~っと書いたような、ガーリーなおしゃれイラストです」

 

 

――いまとは真逆ですね!

 

五月女ケイ子さん「そのせいか、そんなに楽しくなかった。私は昔から、人を感動させたいと思って生きてました。だけど当時、自分の仕事を見て『これ、誰かを感動させてる?』と疑問に思っちゃって。自分の存在価値を見出せなかったんです」

 

 

――そこからどうやって現在の画風にたどり着かれたのでしょう?

 

五月女ケイ子さん「友達に『昔の少年マガジンにあったグラフ図解のパロディのようなイラストを描いてほしい』と頼まれたんです。お題は、『徹子の部屋』の別の部屋はどうなっているのか? というもの。おもしろ空想図解…というのかな。そこで初めて、いまのタッチに近いものを描いてみたらすごく楽しくて! その絵がBSフジの番組『新しい単位』の仕事にもつながりました」

 

 

――のちに、30万部の大ヒット単行本になる番組ですね。

 

五月女ケイ子さん「はい。人々のいろいろな感情を表す『新しい単位』を紹介するときに、私の絵が10秒ほどテレビに映るんです。短い時間でいかにインパクトを与えるか、人の気持ちを動かすか、複雑な感情をひと目で伝えるか。週10枚というハイペースで描くうちに、いまの作風が定着していった感じです」

 

『新しい単位』(扶桑社)

 

 

 

かすれたりはみ出したり、濃すぎたり。
手描きの「偶然」が、作品の世界観になる。

 
 
――画材は何を使っていらっしゃるんですか?

 

五月女ケイ子さん「ポスターカラーと筆です。たまにアクリル絵の具も使うかな。でも一番好きなのは黒の鉛筆です」

 

 

――黒鉛筆! カラフルな五月女さんのイラストからは想像できません。

 

五月女ケイ子さん「イラストを描く前にミニサイズのラフをいくつか起こすんですが、この時間が一番好きです。筆圧が弱いので、使うのは3Bか4Bの鉛筆。鉛筆は濃淡も自在だし、強さも出せるし、鉛筆が紙をすべるざらっとした感触もいい。できればラフを完成品として世に出したいくらい、鉛筆が好きですね(笑)」

 

五月女さんのアトリエ。ラフに真剣に取り組まれています。

 

 

――ラフは何点くらい描くんですか?

 

五月女ケイ子さん「1点のイラストに10から20パターンくらいは描きます。イラストは一目で伝わらないといけないので、どうやったら言いたいことが表現できるのかを、小道具を入れてみたり、背景の看板の名前を変えてみたり、後ろに驚いた人を入れてツッコミにしてみたり…。1枚の絵にいろんな情報を足したり、引いたりしながら、映画的な手法で詰めていきます」

 

 

――五月女さんのイラストは主線(輪郭線)が入っているものもあれば、面だけで塗られているものもありますね。意識して使い分けているんですか?

 

五月女ケイ子さん「感情をたくさん出したいとき、アクセントをつけたいとき、指の曲がり方とか腰の角度など強調したい部分があるときは黒い線を付けて強調したりしますね。ちょっとしたことなんですけど、これをやると目立つところが変わってきます。線一つで面白さが強調されたり、逆に哀しみが強くなったりするんですよ」

 

五月女さんがデザインされたオリジナルカレンダー
 

五月女さんがデザインされたオリジナルポチ袋


 
 
――緻密ですね。プロのこだわりを感じます。

 

五月女ケイ子「緻密というか…あれこれ考えるのが好きなんです。でも最後は感性のままに。下書き線が残っていたり、筆のヨレや跡が残っていても、それも偶然の妙味というか…。作品の一部としてそのまま使います。結果『よく描きかけで出してますよね?』とかいわれるんですけどね(笑)」

 

 

 

「働き方改革」のために
デジタルに挑戦してみたものの…?

 

――これからやってみたいことはありますか?

 

五月女ケイ子さん「子どもが中学生くらいになったら、海外で個展をやりたいですね。いまは小学生なので、早く帰ってきちゃったり、習い事の送迎をしなきゃいけなかったりして、保育園だった頃よりも子育てに時間がかかっています」

 

 

――子育てに使う脳と、クリエイティブに使う脳って、全然違いますもんね。

 

五月女ケイ子さん「全然違いますねー。でも、親になったからこそできるようになったこともたくさんあるんです。例えば、朝ちゃんと起きてごはんを食べるとか、スケートリンクで滑るとか(笑)。イラストを人に見せて何かを思ってもらうためには、『普通』の感覚ってすごく大事です。同じ世界に住んで、同じことを見てこそ、他者の目線を考えられるんじゃないかなと思うので」

 

 

――仕事時間はどうやってつくり出していますか?

 

五月女ケイ子さん「切り替えが早くなりました。机に座ったら自動的にスイッチが入って、寄り道せず『これだ』というところに行きつくのが早くなりました。以前からは考えられないです。実は最近、デジタル作画にも、こっそりと、ひっそりと挑戦してみてはいるんです」

 

 

 

――デジタルに! それはなぜですか?

 

五月女ケイ子さん「アナログだと、絵の具と筆がいるから家でやらなきゃいけないんです(笑)。子どもの習い事を待っている時間を有効活用したくて。でも、全然うまくいかないです。まず、表面がつるつるで描いていて楽しくない。勝手に線をきれいにしちゃうし、勝手ににじませちゃうし、勝手ににじまないし」

 

五月女さんの作業デスク。明るい気持ちになれる色があふれています。

 

 

――勝手に…(笑)。ご自分でコントロールできる部分が少ないということですか。

 

五月女ケイ子さん「デジタルの良さは何回も書き直せることなのかなと。でも、アナログには、書き直せないことでできる偶然や面白さがあって、それがないとつまらないんです。あっほら、喋っていたら、にじんじゃった。さあ、この偶然をどう生かそうかな」

 

 

 

――さすがですね。線の太さ細さ、濃淡、無色インクも上手に使いこなしていらっしゃいます。

 

五月女ケイ子さん「描いてるうちにABTの特性がだんだんつかめてきました。このペン、おもしろいです。色のバリエーションもすごい。私の好きな黄色だけで、1、2、3…、いったい何種類あるんだろう(笑)」

 

 

――ペンタブレットもこんな風に楽に使いこなせると、また違うのかもしれませんね。

 

五月女ケイ子さん「結局『どれだけアナログに近づけるか』をデジタルでやっちゃっているのがいけないんでしょうね。だから『なんなんだこれは、アナログで描けばいいじゃん!』ってなるんです。アナログだったら20分で描けるものを、デジタルで3時間もかけてやるなんて、全然働き方改革じゃないですもんね。でも、今後はいろいろな場所で仕事をしたいので、リモートワークへの挑戦は続けていきたいです」

 

 

――「FUN ART」という言葉から、どんなことを連想されますか?

 

五月女ケイ子さん「アートって堅苦しいイメージに思えますけど、自由なものなんだよ~ってメッセージを感じますね。ぐっと身近で、敷居が高くない感じ」

 

 

 

――「FUN ART」を実践している方々に、メッセージをいただけますか?

 

五月女ケイ子さん「何のためでもなく、ただ自分のために描きたいものを描くというのは、意外に難しいものです。私もオンラインショップで毎年カレンダーを作っているんですけど、クライアントからお題を与えられない絵って難しい(苦笑)。『好き』に向かって描きたいものを描き、つくりたいものをつくっているなんて、それだけですごいことです。自信をもって、楽しんでください」

 

 


 

Profile

五月女ケイ子

1974年山口県生まれ、横浜育ち。大学卒業後、独学でイラストレーターに。2000年、BSフジの番組『宝島の地図』のコーナー『新しい単位』 のイラストを手がけ、これがのちに30万部を超えるベストセラー単行本となりアジア各国でも発売される。『淑女のエチケット』(扶桑社)、『愛・バカ博』(扶桑社)、『レッツ!!古事記』(講談社)、『親バカ本』(マガジンハウス)など独自の目線の著書も多数。最新刊は『乙女のサバイバル手帖』(平凡社)。テレビ・ラジオ・舞台など幅広くマルチに活躍中。2018年には台湾で展覧会「五月女桂子的逆襲」を開催。2022年にも国内での個展を予定している。
http://www.keikosootome.com

 


文/飯田 陽子
撮影/樋渡 創

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