2023.7.28
【FUNART JOURNEY】tour.4 華麗なる西洋墓地に刻まれた、墓誌とタイポグラフィの美しさに注目
旅する感覚でアートを楽しむ“FUNART JOURNEY”
海外の日常にあるアートの楽しみ方などを現地からのレポートでお届けします。
今回もチェコ在住の彫刻家・TETS OHNARI氏が代表のアートサバイブログがチェコのヴィシェフラドから「西洋墓地に刻まれた墓誌とタイポグラフィ」をレポート。
Have a fun art journey !
目次:
ーはじめに:
ーヴィシェフラド:
ー芸術家の墓地:
ータイポグラフィと文字フォントの移り変わり:
ー墓誌と文字:
ー注目の芸術家のお墓と墓誌:
ーまとめ:
ーはじめに:
皆さんがどこか外国へ旅行した際、有名な観光地、人気スポット、ローカルな雰囲気が味わえる場所などに行くかと思います。その中で、映画で見られるような西洋らしいお墓を見たことがある方、もしくはこれから見たいと思う方もいるのではないでしょうか。
今回は、チェコ共和国はプラハの哀愁あるVyšehrad(ヴィシェフラド)の民族墓地を訪問し、そこに刻まれた「美しいタイポグラフィ、文字フォント」を紹介しようと思います。
お墓と言うと一見、怖い、旅行者が行ってはいけなそう、と思う方もいるかもしれません。しかし、ここは開園時間であれば誰もが入られる環境になっており、観光名所としても知られています。もちろん、あくまで霊苑ですので、永眠されている魂達にはもちろん、お参りに来られる家族の方達も沢山いますので、あくまで失礼にならないように敬意を払いながら静かに楽しみましょう。
ーヴィシェフラド:
Vyšehrad(ヴィシェフラド)=”高い城”は、10世紀に設立されましたが、幾多の権力争いにより中世には随分と破壊されてしまいました。現在城跡として、プラハ城とは反対側からプラハの街並みを見下ろせる景色が良い憩いの公園となっています。公園は改修され、そこにある民族墓地も綺麗に管理されています。静けさと供えられる花々、墓を包む装飾美術、懐古的で趣きのある時間の歴史を感じられることでしょう。
ー芸術家達の墓地:
この霊園は、19世紀後半に民族墓地をつくる運動が起こり、チェコの民族に貢献した人々を葬る場所として、国家で著名な芸術家のお墓が沢山つくられました。しかしなんと言ってもその魅力は、歴史的芸術家達の大変ユニークなお墓とその墓誌にあります。
ー墓誌:
墓誌とは墓地に埋葬されている故人の没年月日や名前等が刻まれたものです。その文字デザインは墓石ができた時代の影響、本人やご家族などの依頼人の趣味、墓石職人の趣向が表れています。また、自由度が高い欧州のお墓群は、刻まれた文字の周り装飾やコーティングなど、立体の石に刻する上で、様々な視覚効果を狙った計らいが施されています。
ータイポグラフィと文字フォントの移り変わり
タイポグラフィの歴史は長く、多様な発展を遂げてきました。
まずはその主要な発展時期と歴史についての簡単な要約です。
ハンド・ライティング時代(古代から15世紀まで)
古代から中世にかけて、すべての書き物は手書きで作られていました。書写家たちは自分自身のスタイルで文字を書き、文書に情報伝達と共に生命を吹き込みました。
活字印刷時代(15世紀から19世紀まで)
1450年にヨハネス・グーテンベルクが活版印刷術を発明し、書物の大量生産が可能になりました。特に中世ではキリスト教の書物や文書が増え、技術でデザインが発展していきました。
代表的な一例を挙げると、ゴシック体は当時主流となるフォントで、太い筆の先を使って書かれた文字、直線的なデザインが特徴的です。これは、教会や修道院の建築様式に合わせてデザインされたものでした。
その後イタリアのルネサンス期には、古代ローマ時代の文字を基にした直線的でスタイリッシュなローマン書体が登場しました。15世紀の同時期には、イタリック書体も登場しました。イタリック書体は、斜体の書体で、手書きの文字に近いデザインが特徴的です。17世紀、18世紀にはバロックやロココ様式の影響により、文字の太さの強弱やストロークなど、タイポグラフィにも更なる影響を与えていきました。
近現代(19世紀以降)に入ると、機械化により大量生産が可能になり、書体の更なる進化が進みました。 Serif書体やSans serif書体など、現在も人気が高いフォントもこの時期につくられています。20世紀に入ると、モダニズム、ミニマリスティックと言った具合に、現代デザインの種類は産業と共に爆発的に増えていきました。Futura、Times、Helveticaなどはデジタルネイティブなフォントと呼べるかもしれません。
現代では、数百種類のフォントが簡単に利用可能で、多くの種類が低価格で入手可能です。また、オープンソースのフォントが登場し、誰でも自由に使用できるようになりました。
ー墓誌と文字:
さて、19世紀以降に作られたこの墓地の墓誌タイポグラフィはどのような傾向があるかみていきましょう。一般的に、墓石の墓誌、もしくは碑文(ひぶん)の文字は多くの場合、個人の好み、文化的または宗教的伝統、墓石が作成された時代に流行していたスタイルが反映されます。そして墓石職人の個性と技術的な妥当性からも成されています。しかし、さすがユニークなチェコの芸術家の碑文。日本とは違い、個々の墓石にクラシックや現代的なな文字や装飾に満ち溢れています。
ここで何点かメジャーなフォントを著名人のお墓から考察していきます。ちなみに、フォント名はあくまで筆者が調べた結果の予想であり、似ているフォントや、職人の個性が強いものがあり、確実に合っているとは限らないのでご了承ください。
それでは芸術家たちのアートな墓誌と装飾を見ていきましょう。
ー注目の芸術家のお墓と墓誌:
まずは、このサイズ的に最も大きい合葬墓碑「スラヴィーン(Slavín)」で最初に設置され埋葬されたのが詩人のユリアス・ゼヤー(Julius Zeyer 1841~1901)です。墓地の中心に鎮座する彼とその家族のお墓には彼の詩が刻まれており、一番上にはチェコ語で「死すれども、未だ語る」 “Ač zemřeli, ještě mluví”という、神の言葉を伝えています。
さて、この文字についてです。文字のフォントはVolitivaの書体でしょう。Volitiva は16 世紀当時のイタリアで作られた書体で、伯爵などの墓石などに刻まれている墓石フォントの王道と言って良いでしょう。文字の造形は、真鍮の鋳物で作られています。
次はアール・ヌーヴォーの巨匠、画家のアルフォンス・ミュシャ(Alfons Mucha 1860~1939)のお墓です。このフォントを調べてみるとParisianが近いようでした。パリで活躍したミュシャですから丁度いいとも言えますね。黒い大理石は加工がしやすく、手彫りでしっかりとV字の彫刻が施され、ゴールドの塗装がされています。
次はクラシック音楽の巨匠、アントニン・ドボルザーク(Antonín Leopold Dvořák 1841~1904)のお墓で、彼の胸像が設置されています。彼の墓誌こそ、アールヌーボー様式と言えるのではないでしょうか。ちなみに、アールヌーボー時代にミュシャがポスターなどで多用した自然な曲線的文字をや “ミュシャフォント”と言うようです。ミュシャフォントは文字の太さの強弱が特徴的ですが、とても硬い白御影石にはそれが施されていません。
戯曲の中で「ロボット」という言葉を初めて作ったチェコ人小説家、劇作家のカレル・チャッペック(Karel Čapek 1890~1938)。さすが小説家だけに、本に墓誌が彫刻されています。フォントはTorino Outline Fontと言われ、アウトラインで文字見せる、現代でも多用される文字でしょう。
このように、有名なアーティスト達のお墓に出会えることだけでも感動するのですが、それら各自の墓誌スタイル、彫刻や墓石の種類が全て違い、その素晴らしさや面白さに魅入ってしまいます。
それでは次々と興味深い墓誌フォントを紹介します。
Monumental Gothic「モニュメンタル・ゴシック」という縦方向の強調が特徴的です。歴史上初めてタイポグラフィが誕生した15世紀のヨハネス・グーテンベルクの活版印刷機の発明によって、本の大量生産が可能になり、ブラックレターというタイプフェイスが主流となりました。グラフィック的にもとても美しく、黒大理石とゴシックがかなりマッチしています。
Sepian「セピアン」フォントでの墓誌は、その美しさとノスタルジックな雰囲気、複雑な曲線を兼ね備えた魅力的なフォントです。文字周りの複雑な装飾やラインの強弱をインクではなく手彫りで彫刻することは石の粒度が細かい白大理だからこその細工技でしょう。
Fishermans knotフォントとGreekフォントの間のような文字。Fishermans knot=「釣り師の紐の結び目」のような文字のシェイプと、ギリシャ文字のようなシャープさが、個人的にはかなり好きなデザインです。
合葬墓碑、スラヴィーンが作られた20世紀初頭。ゴールドカラーで装飾されたモザイク文字は、アールヌーボーのNouveauフォントで華やかさを際立たせています。
Sez Whoという、現代的なフォント。アメリカのマンガ吹き出しにありそうな文字ですね。
右側の文字はAristaフォントでしょうか。洗練されたシンプルさとモダンなデザインが魅力の直線的な丸文字形状と均一なウェイトは、クリーンで読みやすい印象を与えます。チェコでは現在も様々なデザインに使用されています。画面左側が手で彫られたもの、右側はサンドブラスト技術といい、高圧の空気で砂を吹きかけて彫刻したもので、文字がはっきり均等な深さで加工されています。
Outer spaceというフォント。文字の線の端の装飾は「セリフ」といいますが、セリフの巻き具合が特徴的で、全体の丸さとセリフのシャープさが良いバランスだと思います。
映画カメラマンだったMilan Racekさんの墓誌も個性的です。Sans-serif(サンセリフ)のタイポグラフィは先程の「セリフ」がなく、19世紀半は以降広く使われ、現代の私たちの馴染みがあるフォントが刻まれています。
ーまとめ:
現在でこそパソコンを開けば何百種類の文字を同時に見ることができます。しかし歴史を少し紐解くと、長い年月を経て、文字の流行やそのイメージは変化したことがわかります。タイポグラフィは、西洋を起源としてキリスト教と印刷技術により発展し、時代によって移り変わり、現代へと繋がっていったのです。
日本のお墓の墓誌はフォントがほとんど同じですが、西洋の墓誌は様々なユニークな個性と時間軸を感じさせてくれます。
さらに、西洋のお墓群は墓誌だけではなく装飾、サイズ、材料なども様々です。そこには自由とこだわりがあり、伝統的でありながら革新的で、美しさや面白さを楽しむことが根底にはあるのではと私は思っています。
最後に、西洋やアルファベットを使わない国でも墓誌やタイポグラフィも見てみてください。多分、私たちの理解とは次元が違う世界がそこにはあり、知れば知るほどおもしろいコトやモノがそこにはあるでしょう。
それでは皆さんも新しい発見を楽しんでください。
このコーナーでは、「ヴィシェフラットの墓地」という同じモチーフで、「ヨーロッパの墓地で彫刻を観る」についてART SURVIVE BLOG (アートサバイブログ)のサイトで彫刻の見方や魅力について解説をしています。バックリンクを貼っていますので、そちらもぜひご覧ください。
写真・文/TETS OHNARI(アートサバイブログ)
チェコ共和国首都プラハ在住。彫刻家のTETS OHNARIを代表とするメンバーで。アーティストハウツーや東ヨーロッパの芸術文化情報などを発信中。
https://artsurviveblog.com/